復讐と許し
ロランは移動魔法で城に戻った。
シャルロットの部屋があるフロアーは魔法が使えないように結界がある。だがこれはロラン達魔法使いが張った結界だ。難なく解除できる。
ロランは待機していたランスロットと合流しシャルロットの部屋に忍び込んだ。
部屋を掃除していたメイドを眠らせ、二人はベッド付近を隈なく探す。
だが何もない。
ロランは徐にマットレスを持ち上げひっくり返した。
「見つけたぞ」
マットレスには切り込みがあり、そこに何冊ものノートが隠されていた。
ロランはその一冊を手に取る。そこには結婚当初のジゼル糾弾に関するシナリオが書いてあった。
綿密に練られた計画に、ノートを持つ手が怒りで震える。
神殿からの結婚要請に苦しんでいたロランとジゼル。その裏で筋書きが書かれ、その通りに、当事者二人の意思とは無関係に糾弾が行われていた現実は到底許せるものではない。
それ以上に、執拗にジゼルを追い詰めるこのシナリオはロランの怒りを爆発させた。
「ランスロット!今すぐにリカルドを捕まえ執務室に連れて来てくれ!」
ランスロットはロランに頭を下げ部屋から出ていった。
ロランはその後ベッドに細工をし、執務室に戻った。
何事もなかったかのように結界を張り直し、眠らせたメイドを起こした。
全てがスムーズに、計画通りに進んだ。
(ようやく!ようやく終わらせる事ができる!!)
ロランは改めて手元にあるノートを見た。その瞬間、導火線に火がついたように怒りの炎が燃え上がる。
(このシナリオを考えたリカルドを殺してしまいそうだ)
だが、ロランは怒りにまかせ殺してしまうよりも、深い苦しみを与えたいと考えた。
(ジゼルが受けた深い心の傷を、苦しみに変え、死にたくなるほどの後悔をさせたい!)
ロランはそんなことを考えながらも、ジゼルは復讐など望む人間ではないと考え直す。
だが、ロランは黒魔法使いだ。それも大魔法使いと呼ばれ、ダークネスドラゴンも召喚できる。
言い換えればロランは常に闇と共存している。
心が揺れ動いているのだ。
復讐と、許し。
ロランは瞼を閉じ心を落ち着かせるように息を吸い込んだ。そしてそのまま止め、怒りの業火を落ち着かせ、静かに息を吐きランスロットを待った。
程なくして、ランスロットはリカルドを連れ執務室に姿を現した。
リカルドは何が起きたのか理解していない。
ランスロットに案内され、笑顔を浮かべながらロランに近づく。だが、その瞬間、背筋が凍るほどの恐怖を感じた。
そして目の前に立つロランを見て勝手に体が震え出す。
ロランは微動だにせず冷たくリカルドを見下ろした。
リカルドの筋書きがジゼルを苦しめた。ジゼルは今でも外に出られないほど傷ついている。
国中の人間を巻き込みジゼルを糾弾させたリカルドを許すことができない。
ロランは低く呟くようにリカルドに聞く。
「なぜ、ここに連れてこられたのかわからない顔を、している」
ロランの青い瞳は冷たく光り、部屋の温度が急激に下がった。
リカルドは氷で心臓を射抜かれたような錯覚を起こし、胸に手を当てる。
「ロ、ロラン様、わ、私に一体何の……」
「リカルド、これは貴様の筋書きになかったのか?」
ロランは低いトーンでゆっくりと口を動かし不敵に微笑む。
目の前のリカルドは大量に汗をかき始め、その様子を見たロランは、一冊のノートをリカルドの目の前に落とした。
バサバサッ
ノートが床に落ちた。
リカルドの顔色が変わる。
ロランは顎を上げ、その様子を見つめながら指を鳴らす。
パチン
ロランの魔法でノートがパラパラとめくれる。
パチン
めくられていたノートが、あるページで止まった。
【ジゼル・メルシエを死ぬまで追い詰める方法】
開かれたページを見たリカルドはガタガタと震え出した。
「ジゼル・メルシエを死ぬまで追い詰める方法……彼女はロラン・ジュベールの妻だと……知っているのか?」
ロランはそう言うと、徐にリカルドの髪を掴み顔を上げさせ、覗き込んだ。
ロランの瞳は青い炎が宿り、鋭い光がリカルドの息を止める。恐怖と混乱で全身が粟立ち、血色が消えリカルドは失神しそうになった。
(このままでは殺される!)
ロランの強烈な圧力にリカルドはブルブルと唇を震わせ言った。
「ロ、ロラン様、ジュベール公爵家を敵に回すつもりはありません!全てはロラン様が愛するシャルロット様の為でございます!!」
ロランはその言葉を聞き顔を歪ませる。
リカルドはロランの顔を見て息を呑む。明らかにロランの気に障る発言をしたのだとわかったからだ。
ロランはリカルドの髪を持つ手に力を入れた。
「うっ……」
リカルドが恐怖と苦痛に呻き声をあげる。
その様子を顔色ひとつ変えず見ているロランにリカルドは縮み上がり哀れにも失禁した。
「リカルド、なぜ私が怒っているのかわからぬようだな」
ロランはそう言って顔を近づけ涙を流すリカルドの瞳を凝視した。全てを見通すようなロランの瞳にリカルドの体がビクッと反応する。
「フフフッ」
その反応を楽しんでいるようにロランは笑い言った。
「一つ教えてやろう。ジュベールは関係ない。人の気持ちは筋書き通りには……いかないのだ」
ロランは優しげな声色を使いリカルドに言うが、その目は笑っていない。それがより一層リカルドの恐怖心を煽る。
リカルドは抵抗するように手足を動かす。だが、体は思うように動かない。
逃げることも俯くこともできないリカルドは、痛みと恐怖に涙と鼻水を流し、口をパクパクさせながら言った。
「ま、まさかロ、ロラン様は……シャルロット様を愛して……いらっしゃらない……」
その言葉を聞いたロランは目を細め、望んでいた答えに出会えたような満足げな微笑みをリカルドに向けた。
(まさか!?これがロラン様の本音!?ロラン様はジゼル・メルシエの為にこんな行動を!?)
リカルドは目を見開いた。
(一体どうなっているんだ)
リカルドは時が止まったような感覚に陥った。最初こそ安易に引き受けたこの案件は、今ではシャルロットに脅され、常に監視され、強制的に書かされ、あの日以来悪夢は続いている。
シャルロットに見込まれて以来、地獄のような日々を過ごしているのだ。
リカルドは真実を打ち明けようと意を決し話し始めた。
「ロラン様、これは私の本意ではありませんでした……全て……シャ……ウッ……」
リカルドの息が止まる。
ロランはその様子を見てリカルドを注意深く見つめた。
リカルドに誓約魔法の痕跡が見える。
ロランは掴んでいるリカルドの髪を離した。その瞬間リカルドは崩れるように床に倒れる。
「なるほど、誓約魔法。……お前もか……」
ロランは呟くように言った。
「ウッ、ゴホッ、ゲホッ!」
リカルドは咳き込みながらも先ほどロランが呟いた言葉に驚きを隠せない。
(お前もか……その言葉、ロラン様にどんな事情があったのかわからない。だが、ロラン様はシャルロット様と何らかの誓約を結んでいる。そして、ロラン様はシャルロット様を愛していない。
おそらく彼が愛している人はジゼル・メルシエだ!)
リカルドはそれに気が付くとすぐに姿勢を正し、床に両手をつけ、額を擦り付けながらロランに言った。
「ロ、ロラン様が、望むのなら、私は全てを明らかにします!全ての証拠は友人宅にあります。すぐにお持ちできます」
リカルドはシャルロットと制約を結び、がんじがらめになり逃げ出すこともできない。
だが、今目の前にいるロランはジゼルのために復讐をしようとしている。リカルドがシャルロットの呪縛から逃れる方法はロランに寝返るしかない。
ロランはリカルドの言葉を聞きフフ、と笑い言った。
「私はすぐに寝返る人間を信じない。だが、ジゼルにしたことを心底、いや違う、死ぬほど反省しているのなら、その誠意を見せることだ」
リカルドはその言葉を聞き、涙ながらに言った。
「反省しています!死んでお詫びを申し上げるより、生きてジゼル様の名誉を挽回させます!それが叶わぬ時はこの命を奪われても構いません!!」
ロランはリカルドの目を見た。その瞳は先ほどと違い、明確な意志が感じられる。
その言葉に嘘はない。
ロランは黙って頷いた。
「では、すぐに証拠を持ってこい」
ランスロットはリカルドを連れ、部屋を出ていった。
程なくして、二人は戻り、ロランは大量の証拠を受け取った。
そしてリカルドをこの件が終わるまで保護することにした。何かあったらリカルドは消される可能性もある。リカルドと、その恋人をジュベール公爵家の別荘の一つに連れてゆくようランスロットに言った。
「ロラン様!ありがとうございます!必ずジゼル様の名誉を回復させます!!」
リカルドは涙ながらに言った。
その後、ロランはランスロットにリカルドを任せ移動魔法で公爵家に戻った。
(もうシャルロットに構う必要もない。このままジゼルのところにゆき、その手を引いて別邸に戻ろう。シャルロットを問い詰めるのはジゼルを送った後で良い)
ロランは会場に入り、ジゼルを探した。




