お茶会へ
お茶会当日、ロランは朝早くに別邸を出てその足で城に向った。
公爵家の影、ランスロットを城にあるロランの執務室に呼び出し、シャルロットの部屋に潜入する準備を任せた。
ロランはその足でシャルロットを迎えに行き、共にジュベール公爵家に向かった。
ロランの正装を見てシャルロットは微笑みを浮かべた。
その微笑みは『ロランは私に相応しい』と言っているように見える。確かに、美しい姫と並んでも、身分も見た目も引けを取らないのはロランだけだ。
一方ロランは、美しく着飾っているシャルロットを見ても何一つ感じることはなかった。それよりも、一人で公爵家に向かうジゼルの心配をしていたが、ヤニックや、メイド達を信じ何も言わずに任せてきた。
ロランはにこやかな笑顔を浮かべシャルロットの手を取り、迎えの馬車に乗り込んだ。
馬車の中にはロランとシャルロット、そして例の怪しい侍女マリエットが乗っている。
ロランは内心安堵した。
(マリエットを連れて来ている)
常にシャルロットのベッドを監視していた女。シャルロットの信頼する存在でシャルロットの秘密を知っている女。
ロランの口角が上がる。
(まさか私がシャルロットの部屋に忍び込もうとしているなど微塵にも思っていないようだな)
ロランは窓から街並みを眺めならが昨夜のことを思い出していた。
昨夜ジゼルが寝静まったあと、ロランは部屋を出てジゼルがお茶会に着てゆくドレスに細工をした。ドレスの背中にある大きなリボン、その中心にダイヤの装飾をつけた。これは魔法が施してある。
そのダイヤは監視魔法のアーティファクトだ。監視魔法は相当な魔力が必要で、大魔法使いと呼ばれるロランでもその効力は数時間だけだ。通常の魔法使いでも三十分が限度だからそれに比べると長い方だ。術者が離れてから作動するため明日ロランがこの屋敷を出てから魔法が発動される。
ロランはお茶会でジゼルが何かトラブルに巻き込まれるかもしれないと危惧していた。だからその為に背中のリボンに細工をしたのだ。
そのリボンはジゼルの手が届かない位置にあり、ロランの魔法が無効になることはない。
馬車は公爵家に到着した。ジゼルはまだ来ていない。ロランはそれだけを確認するとシャルロット共に会場に入った。
「シャルロット様とロラン様よ!」
二人の登場は人目を引いた。噂の悲恋、引き裂かれても愛しあう恋人同士。
美しい二人の登場は貴族達の視線を集めた。
ロランが結婚してもジュベール公爵家のお茶会にシャルロットを連れてくる意味は明らかだ。
『ロランはシャルロットを愛している』
誰もが疑っていない。そして今日、二人を切り裂いた悪女ジゼルまで登場するのだ。
ロランとシャルロットの恋愛は貴族達の間で支持されている。特に女性貴族の支持は熱い。皆二人の姿を見て周りに集まってきた。
ロランはそんな貴族たちにスマートに挨拶しながらシャルロットをエスコートしていた最中、会場の空気が変わったのを敏感に感じた。
(ジゼルが来た!)
ロランはエントランスを見た。それと同時にエントランスからどよめきが起こる。
ジゼルがベルトランと共に現れた。
ロランの瞳にジゼルが映る。ジゼルは緊張しながらも微笑みを浮かべ、大きな花束を抱えベルトランと共に歩いてくる。
その姿を見た瞬間ロランはジゼルしか見えなくなった。周りのざわめきが消える。
ジゼルの姿はロランの心を掴む。普段のジゼルも美しいが、今日のジゼルは違う美しさがある。
うっすらと化粧をしたジゼルは花の妖精に見えた。上品で可憐で、誰よりも美しい。
貴族たちも、シャルロットの存在すら霞むほどの清らかな美しさを醸し出すジゼルの姿に、言葉を失っていた。
ロランはジゼルを見続けていた。花の隙間からジゼルもロランを見た。不思議とお互いがどこにいるのかわかる。その視線が交わった時、ロランは自分の立場を思い出し唇を結んだ。
「ロラン……こっちを見て」
隣にいるシャルロットがロランの視線の先にいるジゼルを睨みつけながら言う。
ロランは我に返り、シャルロットを見つめた。
(まずい、ついジゼルを見つめてしまった)
ロランはシャルロットに微笑む。シャルロットも安心したような表情でロランに微笑む。
だが、シャルロットは再びジゼルを見た。ロランも同じようにジゼルを見つめる。
「ロラン……わたくし、」
突然シャルロットが泣き始めた。
だが、ロランにはわかった。シャルロットは同情を買おうと演技を始めただけだと。
そんなシャルロットを見て内心はうんざりした。だが放っておくわけにはいかない。
「シャルロット様が悲しんでいる!」
突然誰かが叫ぶ。ロランは声の主を見た。ニコラ伯爵の息子、アルマンだ。
アルマンは、父親のニコラ伯爵の持っている新聞社を任せられている。その新聞社はジゼルの悪行をでっち上げ記事にしている。
ロランは周囲を煽るように叫んだアルマンに激しい怒りを感じ、眉間に皺を寄せた。
(でも……我慢だ)
ロランは気持ちを落ち着けようと息を吐く。だがその時、また誰かが叫ぶ。
「ロラン様を奪った悪女がいるからよ!」
ロランはその声の方を見た。叫んだのはローズニコラ。
再びロランの心に怒りの炎が灯り、囂々と吹き出しそうになる。
この兄妹は明らかにジゼルを攻撃している。ロランは泣いているシャルロットを見る。
両手を顔に当て泣いているように見える。だがロランは見逃さなかった。
シャルロットの口角が上がっているのを。
(シャルロット!!!)
堪えていた感情が一気に爆発しそうになる。だが、ロランは奥歯を噛み両手を握りしめた。
ここで怒りを表に出してしまうと全てが無駄になってしまう。しかし、このお茶会でジゼルがいじめに遭うことが想像に難くない。ロランはどうすることもできない現実を耐えようと瞳を閉じた。
「ロラン、ロラン」
シャルロットが顔を上げロランを呼んだ。その声は涙に震えている。
(わざとらしい。だが無視するわけにもいかない)
ロランは瞳を開けシャルロットを見る。
周りの貴族はシャルロットの泣き声を聞き、痛ましくてたまらないという表情を向ける。
注目を浴びているとわかっているシャルロットはロランの胸にその顔を埋めた。ロランは思わず体が後退しそうになった。だが、いつも通り感情を無くしシャルロットの行動を受け入れる。シャルロットは周りの視線を集めていることを知っている。そしてジゼルが見ていることもわかっている。
ロランはジゼルを見た。ジゼルは貴族たちの冷たい視線と言葉に耐え、悲しげな表情を浮かべロランを見つめている。そんなジゼルを見てロランの胸は痛む。
ロランは胸の中で泣くシャルロットの肩に手を置き俯くジゼルを見つめた。
(ジゼル!)
ジゼルを見つめていると心の底から熱い気持ちが湧き上がる。言葉にすることも、行動することもできない今、ロランに出来るのはシャルロットにわからぬように思いを込めジゼルを見つめるだけだ。
しかしシャルロットはジゼルへの挑発をやめない。ロランの頬に手を伸ばし、そっと頬に手を当て撫でる。
そのしっとりとした質感はロランを不快にさせる。シャルロットの性格のようにねちっこい撫で方に顔が歪みそうになる。
だが、それを堪えるためにロランはジゼルを見続けた。
しかしシャルロットはハラハラと涙を流し、湿り気ある声でロランに言った。
「ロラン、辛いの……。抱きしめて……」




