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この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ
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ロランの祖父

 ロランが居ない間に来客があった。


 ベルトラン・ジュベール、ロランの祖父だ。


 ベルトランは引退後気ままに旅をする生活を送っていた。たまたま別邸の近くに用がありそのついでに寄ったのだ。見た目は若々しくロランと同じスッとした美しい顔立ちに白髪混じりの金色の髪と青い瞳の紳士。ただロランと違うのは温和で穏やかな笑顔をジゼルに向けた事だ。


「おお、お前がロランの妻のジゼルか?」


 ジゼルは形式上ロランの妻である。ロランに恥をかかせないよう対応しなければならない。

 ベルトランはジュベール公爵家随一の商才があり一代で築き上げた財は、一国を凌ぐと言われている。それほどの人間を相手にするには高い知識や教養を持っていても難しい。ジゼルは貴族でも平民に近い部類。全てが事足りない。だが、それでもやらなければならない。


 ジゼルは笑顔を浮かべベルトランに挨拶をした。


「はいベルトラン様、お初にお目にかかります。ジゼルでございます」


「ああ、ジゼル。噂は聞いているが悪女には見えんな!ハハハ!」

 ベルトランは豪快に笑った。その裏表のない言葉はジゼルの緊張をほぐし穏やかで暖かみのある声は安心感を与えた。今まで出会った貴族とは異なり度量の大きさが伝わってくる。だからこそ上辺で対応しても見透かされる。事足りなくても素直な心を持って接しようと決めた。


「ベルトラン様、噂通りでございます。ロラン様は私にはもったいないお方、あいにく今は不在で至らぬ点もあるかと思いますが、心地よくお過ごし頂けるようお仕え申し上げます」


 その言葉を聞き穏やかな笑みを浮かべるベルトラン。

 ジゼルは初めて普通の人間として扱ってもらえる喜びを笑顔に変えベルトランを歓迎した。



 早速メイドと共にベルトランを部屋に案内した。

 ベルトランはジゼルたちの数歩前を歩き邸宅内を眺めながらメイド達に気さくに話しかけている。その姿を見つめながらジゼルの心は一層穏やかになった。


 ベルトランを見ていると何十年後のロランを想像させる。ジゼルが見ることの無い未来の姿。

 寂しさを感じ目線を下げた。

 

「ん?ああ、ジゼル、これは失礼した」前を歩くベルトランが立ち止まり微笑みを浮かべジゼルに手を差し伸べた。「一緒に歩こう」ベルトランはジゼルの手をそっと持ち上げゆっくりと歩き出した。


 ジゼルはベルトランの行動に驚いた。ロランのことを考え寂しさを感じた瞬間にベルトランが声をかけてくれたのだ。偶然なのかそれとも察したのかわからない。けれどその優しさに目の奥が熱くなった。


 ベルトランは悪女と噂されるジゼルを先入観なく公平な目で見てくれる。

 その気持ちに報いるよう誠心誠意お仕えすると改めて決意した。

 

 ジゼルはこの屋敷の一番良い部屋にベルトランを案内した。 

 そこは光溢れる南向きの美しい客間だ。ベランダからは庭園が一望できる。テーブルには今朝摘んだばかりの花が活けてあり生き生きと咲いている。


 ベルトランは部屋に入りすぐに今までと違うことに気がついた。

 優しい香りと有機的な暖かさがある。



「ジゼル、この部屋は、いやこの邸宅は以前こんな温かい雰囲気では無かった。だが今は空気が違う。それに心から安心できるような気持ちになるな」


 ベルトランは先ほどと同じように部屋の中を見回しながらジゼルに話しかけた。


「ありがとうございます。そう感じて頂けて嬉しいです。……ベルトラン様の疲れを少しでも癒せればと思っております」


 ジゼルは部屋の窓を開け、心地よい風を招き入れた。その風に乗って庭園の蝶々が遊びに来た。

 

「ところでジゼル、この花は?見たことのないほど美しく立派だ」


 ベルトランは花瓶の花を指差した。先ほどの蝶々がその花に止まり蜜を吸っている。


「この花を作った人間は愛情を込め作ったのであろう?蝶が嬉しそうに見えるな」

 

 ベルトランはそう言って目を細めた。


 ジゼルはベルトランの言葉を聞き喜びが湧き上がった。オーブリーの真心がベルトランに伝わったのだ。


「この花は庭園の花でございます。庭師のオーブリーが心を込めて手入れしてくれた花です」


 ベルトランは嬉しそうに話すジゼルを見た。 


「ジゼル、お前は魔法が使えない、そうだったな?」


 ベルトランの言葉にジゼルの表情が曇った。魔法が使えない私はなんの役にも立てない人間。ジュベール公爵家にとってなに一つメリットの無い……迷惑な存在だ。


「はい。そのせいでロラン様に辛い思いをさせてしまっており……申し訳なく思っております。あと数ヶ月で、ロラン様をお返し致しますのでどうか……お許しくださいませ」


 ジゼルは深く頭を下げた。


「ジゼル。そんな悲しい事を思っているんだな」


 ジゼルはベルトランの穏やかな口調と気にかけてくれる言葉を聞き息を呑んだ。なぜベルトラン様はそんなことを言ってくれるのだろうか?ジュベール公爵家、その一族は全員この結婚に反対だった。なのに……。


 ジゼルは涙を堪え表情が見えないよう頭を下げたまま言った。

 

「……では、ベルトラン様。お食事の用意ができましたらお呼び致します」


「ああ、実はあまり食欲がなくてな……簡単なもので良い」


 ベルトランは頭を下げているジゼルの姿を見つめ小さくため息を吐いた。この子はどんな扱いを受けていたんだ?ロランはどんな扱いをしている?こんな何でもない言葉に涙を堪えるなど……。


 

 

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