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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第二章 ロラン・ジュベール

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招待状

 しかし その後、さらに信じられない事が起きた。


 公爵家からジゼル宛にお茶会の招待状が届いた。差出人はベルトランだ。

 ロランは動揺した。このお茶会はロランにとって重要なお茶会だ。シャルロットをお茶会に参加させている間に、ジゼルを陥れた証拠を入手する唯一の機会だ。それを成し遂げればジゼルと向き合える。だが、それができない場合、ロランはシャルロットの悪意からジゼルを守りながら、マチアスからもジゼルを守らなければならない。自分の気持ちを押し殺し二つの脅威と戦うなど到底不可能だ。


(お祖父様はなぜジゼルを招待したのだ?!) 

 ロランは激しく波打つ心を落ち着かせようと髪をかき上げ息を吐いた。しかし、そんなことで落ち着く訳もない。矛先のない苛立ちがロランの心を曇らせる。

 (なぜ、どうしてこんな時に)

 ベルトランに対する苛立ちもロランの心に芽生え始める。

 (このままではだめだ)

 ロランは状況を正確に把握しようと行動を起こす。

 (まず、ジゼルに詳細を聞かなければ)

 ロランはジゼルにことの成り行きを聞き出そうと考えた。なぜならジゼルがお茶会のことを知り参加したいと言った可能性もある。ジゼルに聞かなければこの件にどう対処すれば良いか見当がつかない。だが、何があってもシャルロットをお茶会に参加させる。絶好の、この機会を逃すわけにはいかない。


 『ジゼルが来るのを阻止する』


 そう決意しながらも、この状況に陥った理由がわからず、意味もなく部屋の中を歩き回るが、ざわつく気持ちを落ち着かせることは出来ない。


 (シャルロットがお茶会に来ることをお祖父様はまだ知らない。だからジゼルを誘い、ジゼルが行ってみたいと言ったかも……しれない)

 ロランはあの日、公爵家でベルトランに会った時にシャルロットの参加を伝えればよかったと後悔した。

 (シャルロットを安心させるため、彼女をエスコートし、愛し合う私たちを周囲の貴族に見せつけシャルロットの警戒心を解かなければならない、だが、それをジゼルの前でするのか?私が?)

 ロランは想像するだけで目の前が真っ暗になり湧き上がる不快感を堪えきれなくなる。

 (そんな姿をジゼルに見せたくない。絶対に見せたくない。それに……)

 ロランは足を止め両手を握りしめる。

 (それに、そんな中、シャルロットに味方する貴族が多い場にジゼルが来るなど……世間では悪女と呼ばれ忌み嫌われているジゼルがお茶会に参加したら……)

 想像するだけで胸が締め付けられる。誰もがジゼルを尊重しない悪意に満ちた状況、堪えるジゼルを想像するだけで全てを壊したくなってしまう。だが、その場で一番大切にしたい人を傷つけるのは他の誰でもなく自分自身だという現実にロランの心は崩れそうになる。


「来るべきじゃない!絶対に!」


 ロランは覚悟を決めジゼルを呼び出した。



「これはどういうことだ?この招待状はなぜお前に届いたのだ?!」


 ロランは招待状を片手に持ち、押し寄せる行き場のない感情を極力堪え、ドアの前で立つジゼルに聞いた。

 出来るだけ平常心を心がけたい、だが、この状況にロラン自身も混乱している。

 目の前にいるジゼルは状況が飲み込めないようにロランを見つめる。戸惑いと不安な瞳をロランに向ける。ロランはそんな無防備に近いジゼルに対し心穏やかではない。ロランが捕食動物だったら今のジゼルはすでに命を奪われているだろう。


 ジゼルには二つの脅威が迫っている。シャルロットとマチアス。ジゼル自身それに警戒して欲しいわけではない。心穏やかにこの別邸で過ごしてくれることを願っている。

 (ジゼルに迫る危険は全て私が排除する。だから、このお茶会だけは来て欲しくない、それに、シャルロットと一緒にいる姿を見て欲しくないのだ)

 ロランはどこにも向けようのない苛立ちを噛み殺しながらジゼルを見つめる。その苛立ちとはジゼルに出会った頃に感じていた感情、自分の意思と無関係に振り回されることへの苛立ちだ。


 ロランは靴音を響かせジゼルの目の前に立った。ジゼルはハッとした表情を浮かべ体を硬直させた。

 (ジゼルは私を怖がっている。……こんなことをしたくは無い。だが)

 腕を組むと同時に、ジゼルを怖がらせている自分に対し強い嫌悪感が襲いかかる。だがロランは両手を握りしめそんな感情を殺した。目の前に立つジゼルを牽制するかのように見下ろし、凍てつく氷のような眼差しをジゼルに向けた。

(ジゼル、ジゼルがお茶会に参加すればこんなものではないもっと辛辣な扱いを受けるのだ)


 ロランは二つのことを考えていた。

 一つはジゼルがお茶会に参加したいと考えている場合、もう一つはベルトランがジゼルを強制的に参加させる場合だ。どちらにしてもロラン自身がそれを快く思っていないとジゼルに知ってもらわねばならない。それに、後者の場合、ジゼルがお茶会に参加してもロランはシャルロットを優先しなければならない。そんな中ジゼルがロランに対し、少しでも気持ちを見せればシャルロットはそれを見逃さない。ロランがいくらジセルに冷たくしてもシャルロットは()()()()()()()()()()()()()()()()。ジゼルに強い牽制を与えることは目に見えている。


 (そんなことになる前に、私を冷たく非道な人間だと思ってくれた方がジゼルにとって最善なのだ。何があってもお茶会の場ではジゼルを助けてくれない酷い夫だと思ってくれた方が、ジゼルがシャルロットの悪意に傷つくよりもよほどましだ)


 ロランはより冷たい視線をジゼルに向けた。


 ジゼルは恐怖を感じたのかロランから後退りをする。その姿を見てロランは気がついた。

 ジゼルは恐怖や悪意になれているように見える。普通、脅威を感じたならば身を固め、その場から動けなくなる。だがジゼルは体をこばわらせながらも、脅威から離れる方法を身につけている。常に脅威がジゼルの身近にあった証拠だ。そんな習慣がジゼルの身についていることにロランは衝撃を受けた。


 ジセルはあまり自分のことを話さない。物事に大きな関心を持たない。全て流れのまま受け入れている。ジゼルの心は一体どこにあるのだろう?そう思うこともあるほどに、ジゼルは全てを諦めているかのように生きている。


 (ジゼルがそんな生き方をしている原因は間違いなくジゼルの両親だ)


 ロランはあの両親の姿を思い出しジゼルを見つめながらも眉間に皺を寄せた。

 (あのメルシエ一族、結婚式で会った時の父親と義母、義理の妹、誰一人ジゼルの控室に訪ねてこなかった)

 ロランは思い出した。この結婚が決まった時、支度金をもっと寄越せと言ったのはジゼルではなくあの両親だ。その支度金もジゼルに渡ることはなかった。ヤニックがジゼルがここに来た当初あまりの見窄らしさに驚いたと言ったあの言葉。ジゼルは愛情を持って育てられた人間ではない。それどころか、適当に扱われ、時に折檻され育てられた人間だと今のジゼルの行動でロランは確信した。


 (ジゼルは邪険にされ追い出されるようにここに来たのだ。全てが解決したら……メルシエ一族に報復をする!だが今は、目の前の問題を解決することが先だ)


 ロランはジゼルとの距離を一歩詰めた。ジゼルはテーブルに後退を阻まれ生唾を飲み込んでいる。

 目の前のジゼルは怯えているように見えるが、諦めているように見えない。目の奥の光は消えていない。

 (ああ、ジゼルは全てを諦めているわけではない。本当のジゼルは人生を諦めているわけではないのだ)

 

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