筋書き通り
【この結婚が終わる時】を読んでくださる読者様へ。
この物語を読んでくださって本当に本当に、ありがとうございます。
今回のお話はシャルロット視点のお話です。
第一章と二章の間にあったお話(覚えていますか?)そんなイメージです。
ご覧いただければ嬉しいです。
読んで下さる全ての方に大きな感謝を込めて。
ねここ
「リカルド、思ったように進んでいないのだけど?」
シャルロットは目の前に腰掛けるリカルドにノートを投げつけた。
リカルドはムッとした表情を隠さずそのノートを拾った。扇子で顔を隠しながらリカルドをじっと見つめるシャルロットの絡みつく視線に背筋が凍る。
『この女だけは敵に回したくない』初めて会った時の印象をリカルドは思い出していた。
「シャルロット様、この台本はあくまで方向性を示すもので、それをどう活用するかはシャルロット様次第でございます。ですのでそれを私に仰ってもどうすることもできません。それに、アロマリドの件で疑いをかけられ拘束されたのです。いくらシャルロット様のお願いでも私はこれ以上……ウッ」
リカルドは突然喉元を押さえ苦しげな表情を浮かべた。シャルロットはその様子を見て笑い出した。
「うふふ、リカルド、思い出して?誓約を結んでいる限り私を裏切ることはできなくてよ。一言でも私の名前を出してご覧なさい。二度とマリアンヌに会えなくてよ?それに、アロマリドがまさかのブルレック製だったとは、知らなかったとしらを切ってもだめよ。そのせいで私が毒を飲んだことを世間に公表できなかったのよ?全てあなたの責任じゃなくて?それを庇った私にそんなこと仰るとは心外ですわ」
シャルロットは苦しむリカルドを見て優雅に紅茶を口に含んだ。ゆったりとした上品な作法は権力者の絶対的力を象徴している。優雅であればあるほど、見るものにその差を知らしめる。
(逃げられないならやるしかない)
リカルドは唇を閉じ眉間に皺を寄せ覚悟を決めたようにシャルロットに話し始めた。
「シャルロット様、世間はジゼル・メルシエに対して興味を失いつつあります。また新たな事件をでっち上げる必要があります。ただ、今は形式上であってもジュベール公爵家の人間、最近ベルトラン様が新聞社に圧力をかけ始めており記事にしづらいのです」
シャルロットは驚いた顔をし、カップをテーブルに置いた。
ベルトラン・ジュベール。ロランの祖父でジュベール公爵家の偉人と呼ばれ、国王の敵。厄介な人間が絡んできた。
(けれど、こちらにも考えがあるのよ)
シャルロットは美しい笑顔を浮かべリカルドに言った。
「ニコラ伯爵をご存知かしら?伯爵のご令嬢ローズは私の取り巻きの一人。ニコラ伯爵は鉄で財をなしているの。ただね、歴史の浅い家門だから中々貴族達に受け入れてもらえなくてね。私の取り巻きでも下の方で使えない令嬢。だけどね、新聞社を持っているの。私が悲しんでいるとお伝えし、ジゼルの記事を載せるようご相談なさったら?その記事を見たシャルロットがローズを可愛がるかもしれない、と言えば喜んでやってくれるはずよ」
シャルロットは扇子を開き口元に当てにっこりと微笑んだ。このジェスチャーは私のことを口外するな、リカルドの意思でニコラにオファーをかけろと言う意味だ。
「……承知いたしました」
リカルドはそう言いながら奥歯を噛み締めた。
なぜこんなことに足を踏み入れてしまったのだろう?あの日ロラン様の結婚相手となる罪のないジゼル・メルシエを糾弾に導いて以来深い後悔と罪悪感で眠れなくなった。毎晩悪夢を見る。真っ黒なドラゴンに八つ裂きにされる夢。こんなことから解放されたいとできるだけシャルロット姫と距離を置こうとしているが、シャルロット姫は大蛇のように絡みついてくる。捕らえた獲物をじっくり追い詰めて嬲り殺すように。私の大切な人間にプレゼントを贈り、一見よくしてくれているように見えるが、裏切れば殺すと言う私に対する圧力をかける。
「ところでリカルド。もう一回アロマリド手に入らないかしら?もう一度騒ぎを起こしたらどうかしら?ジゼルを追い詰められそうじゃない?」
シャルロットは明るく笑いながらリカルドに言った。リカルドは笑顔のシャルロットを見て鳥肌がたった。一体何を考えているのか見当もつかない。ただ、笑顔のシャルロットの瞳は決して笑っていない。
「まあ、リカルド、そんな怖い顔しないで?あ、私が心配ですの?死にかけたから?うふふ、ご心配には及びませんのよ、私のロランは大魔法使い、フェニックスも使えるの。ご存知でしょ?死人を蘇らせることができる究極の白魔法も使えるのよ」
その言葉を聞きリカルドは膝の上に置いていた両手を握りしめた。目の前の美しい姫はかわいそうな姫ではない。その仮面の裏は悪魔だ。ロラン様の魔法を計算に入れそんなことをする理由がジゼル・メルシエを追い詰めるためとは……。リカルドは心に広がるシャルロットへの憎悪の気持ちを抑えられなくなった。
「シャルロット様、それではあまりにもジゼル・メルシエが可哀想ではありませんか?」
リカルドの言葉を聞いたシャルロットは顔色を変え立ち上がり、ティーカップに入っている紅茶をリカルドの頭にかけ言った。
「誰が可哀想ですって?答えなさい」
リカルドはシャルロットの行動に体が硬直した。頭頂部から紅茶がダラダラと流れ落ちる。それが熱いのか冷めているのかわからないほどリカルドの感覚はシャルロットへの恐怖心で消えていた。リカルドは瞳孔を開き、まるで操られているかのようにゆらりと立ち上がった。顎先からポタポタと床に落ちる水滴の音だけが部屋に響く。重苦しい、絡みつくような沈黙に耐えきれずリカルドは声を震わせシャルロットに言った。
「シャ、シャルロット様がお可哀想だと……」
「マリエット、リカルド様がお帰りよ」
シャルロットはドアの向こうで待機する女官に声をかけた。
(リカルドは本当使えないわね。よりによってブルレックのものを用意するだなんて。ブルレック王国といえばマチアス。ふーん。……まあ、今回は失敗したけれどロランは戻ってきてくれたし、目的は達成したわ)
シャルロットは天使の笑みを浮かべリカルドを見送った。




