ジゼルが来ない2
ロランはすぐに立ち上がり部屋を出て足早にエントランスに戻った。
ヤニックが後ろからバタバタとロランを追いかけ、その後をメイドが追う。ヤニックもメイドもロランの慌て振りを見て口角が上がっていた。
案の定、ジゼルはエントランスにいた。肩を落としフラフラとドアの方に歩いていく姿が見えた。
どうしたんだ?
なぜそんな哀しげな顔をしているのだ?
何故泣きそうな顔をしているんだ?!
まさか……出て行く気か?!
ジゼル!ここを出て行ったら誰がお前を守ってくれるんだ?!
魔法が使えないジゼルを、魔法を無効にするジゼルを誰が守ってくれるというのだ?
ロランは腹の底から湧き上がる怒りを覚えた。その怒りは無防備に出て行こうとするジゼルに対しての怒りだ。
何故そんなに無防備なのだ!自分がどれほど危うい立場なのか知っているのか?
このまま出てゆけば悪女と言われているジゼルは、魔法が使えないジゼルは生きてゆくことができないとわかっているのか?!
シャルロットに狙われているジゼルを誰が守るというのだ!
なぜ自分を大切にしないのだ!
ロランは握りしめた両手が怒りで震えはじめた。
「ロラン様、怒ってはなりません。優しく接してあげてくださいませ」
ヤニックがロランの背後からそっと声をかけた。その声にロランは我に返った。
「…………ああ、わかった、心配かけてすまない」
ロランはそう言ってジゼルの方に歩き出した。
内心は怒っている。だがそれをジゼルに向けることは出来ない。ジゼルが空気でいようと思っている限り、急激な変化を見せるわけにはいかない。
彼女が私に対し心を開いてくれるまでこの態度を変えることは出来ない。
なぜならジゼルは私を警戒しもっと心を開いてくれなくなりそうだから。
「何をしている?」
できるだけ冷静に、自然な口調を使い声をかけた。拳の震えは止めた。ジゼルが怖がらないように指先一本動かさないように細心の注意を払った。
「あ、申し訳……」
ジゼルは驚きの表情を浮かべ口籠った。その姿は悲しげで見ていて胸が苦しくなる。
だが、ジゼルはここから出て行こうとした。私に見切りをつけ。そう考えると胸にナイフを突きつけられたような痛みを感じた。だが、そんな気持ちを掻き消すように髪を掻き上げ「食事だ」と穏やかな声を出し言った。
ジゼルはロランの顔を見つめみるみるうちに顔が赤くなる。
先ほどとは全く違う恥ずかしげな顔。
「あ、ちょっとボーッとしてしまって、す、すぐに……参ります」
そう言ってジゼルはロランの視線を避けるように、顔を隠すようにこめかみに手を当てた。だが髪の隙間から覗く耳は真っ赤になっている。
ロランは恥ずかしそうに目を背けるジゼルを見て肩の力が抜けた。
何を考えているのか全くわからない。
何故ここで顔が赤くなる?何を恥ずかしがっているのかさっぱりわからない。
が、明らかに私を意識している。
ロランは真っ赤になったジゼルを見つめ脱力感を感じ、その場に座り込みたくなった。
ジゼルはやはり私を意識している。それを出さぬようにしているのかも知れない。
ロランは握った手を緩めた。心に安堵の火が灯る。
ジゼルは私の心をかき乱す。だがそれは嫌なことではない。私の気持ちに火を灯す人はジゼルだけだ。
ジゼルの周りの空気が穏やかに変わった。先ほどは自分の感情を抑えられずジゼルを怖がらせてしまったのかもしれない。反省しなくてはならない。怖がらせたくないのにジゼルに対して感情のコントロールが出来ない。それが私の課題だな。
気まずそうな表情を浮かべロランを見るジゼル。ヤニックもメイドも微笑ましいその姿にロラン同様に安心していた。ロランはそんな二人を見て少しだけバツの悪い表情を浮かべ踵を返した。
ジゼルがここを出て行くことはなさそうだ。
「ハァ」
ほっとしたような疲れたような小さなため息をはき歩き出した。だが油断はできない。先ほどはついて来ていると思い込んでいた。その思い込み自体が傲慢だった。ジゼルがちゃんとついて来れるように、その足音が聞こえるようにゆっくりと歩かなければならないし、途中で確認する必要もある。
ロランは突然立ち止まり後ろを振り返った。ジゼルは突然振り返ったロランを見て驚いたような顔をしまた一気に顔が赤くなった。少し困ったように眉尻を下げロランを見つめるジゼル。ロランはそんなジゼルを見て心が躍るような気持ちになった。
ジゼルは物静かだがそのぶん表情がコロコロと変わる。おそらく自分で気がついていなさそうだ。
空気のように生きている時とは全く違う本当のジゼル。
愛らしい。まるで拾ってきた猫のようだ。近寄れば逃げ、離れれば近寄る。
そう、ジゼルは知れば知るほど私の興味をそそる。
ロランは口角を上げた。
ジゼル、ちゃんと私の後をついて来てくれ。私はあなたを守りたいんだ。その笑顔を見たい。
私は本当のジゼルを……もっともっと知りたい。




