覚悟
「ランスロット、それで、ここに書いてある通り、シャルロットに会った同じ日の夜に舞台監督、作家、新聞社をリカルドの屋敷に呼んだと、翌朝早朝にマリアンヌに台本を渡し五時間後に開演すると言ったのだな?」
ロランは窓に背を向けランスロットに聞いた。
「はい。マリアンヌがリカルドから五時間でセリフを覚えろと言われ怒っていたと老婆が教えてくれました。あ、メイドも老婆も借金がありますので、これについて口外の心配はありません。それにまた良い情報があれば謝礼ははずむと伝えてあります」
ランスロットはそう言ってもう一枚のメモ用紙をロランに渡した。
「これは?」
ロランは折りたたんであるメモ用紙を開いた。
「ジゼル様の悪口を掲載している新聞社の発行人です。全てリカルドと関係ある人物です」
ロランはその中に見覚えある家名を見た。ニコラ……ローズ・ニコラ。
シャルロットの取り巻きの一人、赤髪の令嬢だ。ニコラ家はカパネルの南東に領地がありそこで取れる良質な鉄のおかげで財を成した家門だ。今は手広く事業を行なっていると聞いたが……
ロランは天井を見上げ取り巻きの最下位にいたローズの姿を思い出した。
シャルロットに相手にされていない成金風情の令嬢だ。
ロランはペンを胸のポケットから取り出しそのメモ用紙に印をつけた。
「ランスロット、シャルロットとリカルドは私の結婚が決まった夜から親交が始まりジゼルを陥れた。だが証言だけでは心許ない。引き続きリカルドとシャルロットの周辺を探ってくれ。明確な証拠が欲しい」
ロランはそう言いながら新しいメモ用紙に指示を書き出しランスロットに渡した。
「ランスロット、一人で大変だったらお前が選抜した他の影と一緒に行動して良い。頼むぞ」
ロランの言葉にランスロットは胸に手を当て目の前から消えた。
ロランは執務室の椅子に腰をかけシャルロットの姿を思い出していた。
常に優雅で華やかなシャルロット。彼女の周りにはいつも取り巻きがおりその取り巻きもシャルロットと同じように華やかに着飾っている。容姿、身分、全てを兼ね備えているシャルロット。可愛らしい性格だと、優しい姫だと言われ、国民からも人気がある。だが、彼女の本性は罪もない人間を徹底的に排除しようとする恐ろしい人間。
シャルロットのことを考えると行き場のない怒りが膨らみ爆発しそうになる。
今すぐにでもシャルロットの元に行き問い詰めたい。なぜそんな事をしたのかと。
よってたかって罪のないジゼルをどん底まで陥れ、悪女という謂れなきレッテルを貼り、全土に顔を晒され外も歩けないほどジゼルを追い詰めたシャルロットの罪は重い。
王族であっても罪のないジゼルを陥れたシャルロットを、それが私への愛が故の行動と言われようとも許す事ができない。
しかし今は明確な証拠がなくシャルロットにその罪を問うことは出来ない。おそらくシャルロットは用意周到に事を運んでいるはずだ。下手に動くと証拠を隠蔽される可能性が高い。だが、必ず尻尾を掴みシャルロットを追い詰めその罪を白日の元に晒す。
ロランはその報告書を握りつぶした。
シャルロットの自分勝手な感情でどれだけジゼルが傷つき涙を流したか私は知らない。だが、少なくともその悲しみに思いを馳せることは出来る。そして、ジゼルは望まないかもしれないがその仕返しが出来るのは私しかいない。私がシャルロットを断罪する。
ロランは気持ちを整理するように大きく息を吐き窓辺を見つめた。
明るい昼の光が部屋に差し込む。その光の下にはジゼルがいる。同じ場所に行きたい。だが今はその資格がない。なぜなら私は愚かにも噂を信じかけ、結婚相手であるジゼルを信じることも気にかけることもしなかった。
傷ついているジゼルを冷たくあしらった私の罪。その罪は許されるものではないとわかっている。ジゼルは私を許すことはないかもしれない。いや、そもそも許す必要もない。
その罪は一生背負う。
だが今はこれから起こり得る脅威からジゼルを守ることに専念する。どうかジゼル、私があなたを守る為にあなたを欺くことを……許してほしい。
ロランは報告書を炎の魔法で灰にした。手の中の灰は床にサラサラと落ちてゆく。
シャルロット、逃げようとしても逃しはしない。必ず証拠を掴む。
ロランはその灰を握りしめ覚悟を決めた。
今宵王妃主催の食事会がある。行きたくはない。だが、断ればシャルロットは不可解に思うだろう。
ジゼルへの糾弾は落ち着きを見せているが、シャルロットがそれを許すはずはない。必ず次の手を打ってくる。だから私は私のやるべき事をしなければならない。万が一を考えてこの邸宅の警備を強化しておこう。
ロランはヤニックを呼び、邸宅の警備を公爵家の騎士ルネ・クレールに任せることにした。ルネは女の子のようなこの名が嫌いだ。だから皆クレールと呼んでいる。彼の家門はベルトランと仲が良いクレール伯爵家だ。ジュベール公爵家とは代々続く信頼関係があり騎士のクレールなら安心してジゼルの警護を任せられる。
だが騎士であるクレールがここにいるとジゼルが驚いてしまう可能性がある。だから別邸を守る単なる私兵のふりをさせ、この邸宅に保護魔法をかけておくことにした。
ジゼルは魔法に触れるとそれを無効にしてしまう。だが彼女が邸宅の外に出ることはないから問題はない。だが、裏を返せばどこにも行けないジゼルを思うと目を閉じたくなるほどの痛ましさが胸を圧迫する。
魔法の使えないジゼルは遠くに行くことが出来ない。だからどこか遠く、広く開放的な場所に連れて行ってあげたい。
誰にも縛られないそんな場所にジゼルを連れて行ったら、ジゼルは屈託のない笑顔を私に見せてくれるだろうか。
ジゼルの笑顔が見たい。
楽しそうに笑う声が聞きたい。
この騒動の原因となった私がそんな願いを持つことは許されないかもしれない。
だけど今はそんな日を夢見ることだけが私の、唯一の希望だ。




