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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第二章 ロラン・ジュベール

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ロランの後悔



 数日後、例の騒動を調べていたランスロットが詳しい報告書を携え別邸に現れた。


「ロラン様、取り急ぎ分かった範囲での報告になりますが、こちらをご覧ください」


 ロランはその報告書を手に窓辺に移動し内容を確認した。


 そこにはシャルロットと作家リカルドの策略が書かれていた。


 想像通りというよりも、罪のない人間を追い詰めるためにここまでやるのかと強い憤りを覚える。


 ロランは行き場のない怒りを吐き出すように息を吐いた。


 目を閉じあの日のことを思い出す。ジゼルとの結婚が決まった日、私もこの結婚に反発した。

それを棚に上げシャルロットを責めることは躊躇する。


 だが、シャルロットは神殿との約束を破った上に私も欺きジゼルを徹底的に追い詰めた。


 ロランは重苦しい現実から目を逸らすように光溢れる庭園を見た。


 庭園にはジゼルがいた。ジゼルは大輪の薔薇の下にひっそりと咲く小さな雑草の花を触っている。寂しげなその姿は見ているロランの胸を貫く。


 シャルロットの罪は重いが、ジゼルを孤独にさせたのは私だ。


 ロランは唇を固く結ぶ。胸にドロドロとした感情が溢れ気道を押しつぶし呼吸を妨げる。


 苦しい、でもその苦しさはジゼルを孤独に追い込んだ罪の苦しさ。


 今すぐ寂しそうに花を触るジゼルの所に行き、その手を握り私が傲慢だったと謝りたい。

この屋敷でジゼルが孤立しているのは全て私の責任だ。

 

 未だにジゼルが悪女だと思っているメイド達はなかなかジゼルに近づこうとしない。


 だが、それを助長したのも私。私が結婚当日ジゼルに冷たく接したのを見たメイドや使用人が主人()の意思を尊重するように追従したのだ。


 ロランは報告書を握りしめた。




 ジゼル。何一つ私に要求することなく空気のように生きている私の妻。


 恥ずかしそうに俯くジゼルが瞼に蘇る。

 

 ジゼルを見つめていると肩の力が抜け穏やかな気持ちになる。ジゼルは私にとってマグノリアの丘のような存在。彼女と暮らすようになってからは不思議とあの場所に行く頻度が下がった。行かなくても彼女の近くにいれば同じような安らぎが得られる。


 ロランは目を細めジゼルを見つめた。

 

 自然はそんな彼女の本質を見抜いている。ジゼルがそこに居るだけで蝶は舞い、鳥やリスも集まり出す。

ジゼルは動物達を見て優しく微笑み、薔薇の手入れを始めた。穏やかな眼差しを向け、話しかけながらモーブ(グレーがかった紫色)の薔薇を指先で優しく触れる。薔薇もジゼルに応えるようにふわふわと揺れている。その微笑ましい様子を見てロランの口角が上がる。


 薔薇といえばシャルロットを讃える代名詞のような花だ。煌めくような華やかな薔薇はシャルロットをイメージさせる。だが、その棘もまた鋭い。美しいものには棘があるというが、まさにそれだ。


 


 ロランは握りしめた報告書をクルクルと丸め片手に持ち、ランスロットに言った。


「シナリオ作家リカルドとシャルロット、この報告書によると、私の結婚が決まった夜にシャルロットが自ら城に呼んだと書かれているが、この証言は確かなのか?」

 

 ロランはあの翌日から起こったジゼルへの糾弾が故意に引き起こされたものだとわかり、スッキリするどころか、より一層心の霧が濃くなった。


 既に起きてしまった事を調べても仕方がない。だが、罪のないジゼルがこれ以上糾弾される理由もない。それにあの時シャルロットに会いに城に行っても伏せっていると待たされる事が多かった。この状況だから仕方がないと思っていた事も、本当はリカルドと会い、ジゼルを追い詰めようと策を講じていたなどその腹黒さに寒気がする。


 ロランはランスロットを見た。


「はい、証言をしたのは二名、一人はリカルドの屋敷のメイドです。もう一人はリカルドの恋人、舞台女優のマリアンヌ、あ、悲恋の恋、シャルロット様役ですね。その彼女の身の回りの世話をしている老婆です」

 

シャルロット役……ロランは丸めた報告書で掌をパンパンと叩きながら庭園のジゼルを見た。

 

 ジゼルは作業用の簡単なワンピースに長靴を履いている。誰が見てもジュベール公爵家の嫁だと思わないだろう。土で汚れた手を気にすることなくどこからか入り込んできた猫の親子に話しかけ笑っている。そんなジゼルを見ていると、悪女だと言われ糾弾されている人物には到底思えない。


 明るい日差しを浴び、木々に囲まれジゼルは生き生きとしている。


 ロランはそんなジゼルを見て胸が締め付けられるように苦しくなった。何故ならロランの前でそんな姿を見せたことがない。


 屈託のない笑顔も明るい笑い声も。


 そうさせたのは他でもない自分。

 


 結婚した当初は考えたこともなかった。私がジゼルを気にするなど。だが、お祖父様が言った通り最初は反発もあったが、ジゼルがどんな人間なのか分かり始めると彼女は私の心に住み始めた。


 世間で言われているジゼルはずる賢く、欲深く、金や宝石を愛する下品な女。


 実際はそのかけらさえ見えない。毎月渡す金で何を買っているのかは知らないが、足りないなど言ったことがない。

 

悲恋の恋、その演劇でジゼルは強欲な悪女として登場する。


 だが、本当の悪女はシャルロットだ。あの演劇のジゼルの姿はシャルロット自身なのだ。


 表面の美しさに惑わされ多くの人間はその計算高さと腹黒さが見えない。私も同じだった。だが、お祖父様だけはその真の姿が見えていたのだ。


 お祖父様が王家を嫌う理由、きっとカパネル王国の王家ブランシャール家はそんな人間ばかりなのだろう。ジュベールの支えがなければこの国は崩壊する。それを王家に突きつけたお祖父様はやはり只者ではない。ジュベールの偉人、それだけでは説明のつかない何かがお祖父様にはある。


 魔力のない娘を必ず愛すると言ったお祖父様の言葉。


 今まさにその言葉通り私はジゼルを……


 ロランは庭園で作業するジゼルを見つめ手を握りしめた。

 

 シャルロットの愛の誓約。


 この誓約を解除する事は大魔法使いの私にも出来ない。なぜなら自らかけた自らの誓約は破棄できないのだ。

 それさえもシャルロットは計算に入れていた。だがこれは浅はかにもそれを承諾した私の問題。後悔しても今更どうすることも……出来ない。


 ロランは唇を噛み締めた。

 人に話すこともできないこの誓約がある為にきっと今後苦しむことになる。その覚悟もしておかなければ。


 ロランは愚かな自分を嘆くように遥か遠い空を見上げ瞳を閉じた。


 


 

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