自分勝手な恋心
それからも変わらず空気のように日々を過ごしていた。
ロランとの関係は何も変わらない。
けれど、嬉しい変化があった。日々コツコツと手入れしていた木々が生き生きと輝き始めた。孤独な生活の中、木々の変化はジゼルにとって大きな喜びになった。
いつものように木々の手入れをしていると少し離れた場所で作業していた使用人がジゼルに話しかけてきた。
「あの、どうしてその花や木は生き生きとして見えるのでしょう?それにその花は見たことのないほどりっぱで美しい」
ジゼルは自分に話しかけてくれたと思わず、キョロキョロと辺りを見回した。
「あ、ジゼル様に伺っています」
ジゼルは初めて話しかけられたことが嬉しく手を胸に当て小さく頷いた。そして少しためらいながら話し始めた。
「……私は魔法が使えませんから……一つずつお手入れするしか無くて、だからでしょうか」
「一つずつ、様子を見て?ですか?」
使用人は怪訝な表情を浮かべている。ジゼルは使用人の言葉を聞き恥ずかしくなった。魔法が使えたらそんな無駄な手間と時間を使わなくてもいい。笑われてしまうか、いい身分だと嫌味を言われるかもしれない。
「……はい。そんなことしか出来ないですから……」
ジゼルは俯き情けない思いに唇を噛んだ。
「ジゼル様、私はこんなに美しい花は初めて見ました。あ、私はオーブリーと申します。よろしくお願い申し上げます」
オーブリーは明るい声で自己紹介をした。ジゼルは顔を上げオーブリーを見ると屈託のない笑顔を浮かべジゼルに頭を下げる。悪意のない言葉をかけてもらえる日が来るなど夢にも思わなかった。
「はい。オーブリー、……ありがとう」
ジゼルはオーブリーの笑顔を見て心がほぐれた。嫌われて当たり前な存在なのに話しかけ笑顔を向けてくれる。
……本当にありがとう。
ジゼルはこの屋敷に来て初めて話せる相手が出来た。
オーブリーはこの庭園の管理を任せられている庭師だった。ジゼルの手入れを見習いオーブリーもコツコツと自らの手で庭園の手入れを行うようになった。魔法で管理されていた秩序ある庭園がガラッと変わった。草木が伸び伸びと美しく輝きはじめ、沢山の鳥やリス、小動物が遊びに来るようになり、賑やかで優しい庭園に変わった。
メイド達もその変化に気が付き、いきいきと咲き誇る庭園の花や植物を室内に飾るようになった。その結果邸宅内の空気も柔らかくなった。
ジゼルと楽しそうに話すオーブリーを遠目に見ていたメイド達は、ある日一人庭で作業していたオーブリーにジゼルのことを尋ねた。
「オーブリー、もしかしてジゼル様は噂通りの悪女……ではない?」
オーブリーは言った。
「悪女がこんなに美しい花を咲かせると思う?……本当は気がついてるだろ?ジゼル様は悪女じゃないって」
ある日を境にメイド達のジゼルに対する警戒心が無くなった。ただ、話しかけるわけではないがジゼルの存在を気にかけるようになり邸宅内で誰一人ジゼルの悪口を言う人間はいなくなった。
けれどロランとの関係は一切変わらなかった。
ロランは結婚当初と変わらずジゼルがまるで存在していないかのように行動していた。
夜、邸宅に帰ってくるロラン様から女性用の香水の香りが漂う時がある。
そんな日はシャルロット様の存在を思い知らされる。
だが、本来ここにいるべき人はシャルロット様だ。
けれど常にロラン様の心に居続けられるシャルロット様を羨ましいと思う気持ちも否定出来ない。
心のバランスが徐々に崩れて行く。
私など、ロラン様の人生から消したい存在。
心得ておかなきゃ。
「ジゼル様、お手紙が届いております」メイドが分厚い封筒を持ってきた。
「ありがとう」ジゼルは封筒を受け取りため息をついた。
また届いた。差出人の名前がない封筒。
中身は見なくてもわかる。ロラン様とシャルロット様の記事。そして私の悪行がでっち上げられてある記事。
この封筒は毎週送られてくる。
当初は全ての記事に目を通した。
愛し合う二人の逢瀬が事細かに書いてありその記事を見るたびに罪悪感を感じた。
そしてでっち上げられた自分の記事を読み、反論すらできないほどショックを受けた。
どれだけ落ち込んでも容赦なく届くこの封筒、耐え難いその記事に目を通す勇気がなくなった。
それに、記事を読まなくてもわかっている。
ロラン様の日常は常にシャルロット様がいらっしゃる。
愛し合う二人が一緒にいてもなんらおかしくない。
そう思っているのに胸が痛む。そして私の事も見てほしいと願ってしまう。
でも、この感情は持ってはいけない。
だから二人の記事も見ないようにしている。
知らなければ気を病むこともない。この自分勝手な恋心の行き場所はどこにも無いから。