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この結婚が終わる時  作者: ねここ
第二章 ロラン・ジュベール
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シャルロットの誓約

この結婚を受け入れる。


その報告を受けたドナ司祭は数千年ぶりの慶事だと神殿を訪れたロランの手を握り涙を流した。


大魔法使い、魔力のない娘、ドラゴン王の卵。


この条件が揃った時ドラゴン王が誕生し、この世界の歪みが消え、祝福の力により平和な世が続くと神殿には伝えられている。それこそが創造の女神メシエの意思だ。


だが、実際は明確なことは何一つわからなかった。


 今から千五百年前、この世界は突然暗黒に包まれた。その期間は五百年。暗闇の中での生活を強いられた人々は自らの魔法を使い灯をともし過酷な状況の中生きながらえた。その暗黒期により王家は一度滅亡した。その理由は神の怒りに触れたとか、ドラゴン王の怒りに触れたとか言われるが、実際は分からない。しかし王家は暗黒期が明けた年に創造の女神メシエにより神殿を通し復活した。


だが、その暗黒期によりこの因習について全ての記録が失われ、口伝でのみ伝えられた内容は大魔法使いと魔力のない娘、ドラゴン王の卵、五ヶ月間の結婚と月に一度の契りだけだ。


だが、全ての条件が千五百年以来揃った今、とにかく因習に従い結婚を執り行わねばならない。


それに、神殿にあるドラゴン王の卵は近いうちに孵化し、自ら主人を選ぶと言われている。


その主人こそ魔力の無い娘。


その娘がドラゴン王の主人となり大魔法使いとドラゴンを結びつけこの世界の歪みを正し、祝福を与える。


ただ、何をどうしたら良いか何一つわからない。


だが司祭は言った。


「この因習によって何も起こらなければそれはそれで良い。それこそが創造の女神メシエの意思だ」と。


ロランはドナ司祭の言葉を聞き絶句した。

この結婚を強要するわりに何一つ分からない、何も起きなくてもそれで良いというドナ司祭の考えをどんな顔をして受け止めれば良いのか分からなかった。そんなことのためにロランと魔力の無い娘はまるで生贄のような扱いを受け望まぬ結婚と望まぬ契りを結ばねばならない。



だが、今更なにを言ってもこの結婚が強制である限り仕方がないのだ。


ロランは心の底に消すことのできないわだかまりの種をもったままドナ司祭に頭を下げ、神殿を出ていった。


何もかもがめちゃくちゃだ。……一人で考えたい。


ロランはマグノリアの丘に向かった。


いつものようにマグノリアの木の下に座り遠くの景色を眺める。


この先、ドラゴンの卵が孵化し、本当に魔力のない娘を選ぶのだろうか?


ロランは大きくため息を吐き木の幹に背をつけて大空を見上げた。


ドラゴン王は魔法が使え、全てのドラゴン達を統率し、その上人間の言葉も理解すると聞いたことがある。それが本当であれば誰もが欲しがるドラゴン王の卵。実在し神殿にあったとは……


ドラゴン王の寿命は長い。現在のドラゴン王が死んだら新たに誕生すると聞いたことはあるが、そもそも今この世界にドラゴン王がいるなど聞いたことがない。私たちにとってドラゴン王の存在は物語のようなもので、今いるドラゴン達は北の王国レオミュールの険しい山の中にいてなかなか姿を現さない。


そういえば……


ロランは腕を上げ自分の指先を見つめた。少し集中すると自然の中に溶け込んでいるわずかな魔力が集まり指先が光りだす。フッと息を吹きかけ魔力を大気に戻した。


私の最強の召喚魔法ダークネスドラゴン。大魔法使いだけが使える究極の召喚魔法。


これもドラゴンだ。


ダークネスドラゴンは私の精神が少しでも揺らいだらこの世の全てを破壊するとても危険な召喚獣だ。だからこそ滅多に召喚することは無いが、なぜ大魔法使いだけが召喚することが出来るのだろうか?

 

ロランは長い髪をかき上げ深呼吸をした。


……確かに全ての条件は整っている。


この結婚で起きる事、何一つ分からないがもう進むしかない。





ロランの結婚が一週間後に迫ったある夜シャルロットがロランを呼び出した。


ロランはシャルロットの部屋に呼ばれた。

夜に部屋に呼ぶとは、具合が悪いのだろうか?


ロランは心配しながらシャルロットの部屋に入った。しかし部屋に入ってすぐに若干の違和感を感じた。いつもそばに控えている侍女がいない。ゆっくりと部屋を見渡すロランにシャルロットは声をかけた。


「ロランこちらへ」


シャルロットはソファーに腰をかけ柔らかな笑顔を浮かべながら片手を上げ、優雅な素振りでロランにソファーを勧めた。ロランは少し警戒しながらも黙ってシャルロットの向かいに腰掛けた。


シャルロットが人払いをしたのか、自らテーブルに用意されていたポットを使いロランにお茶を入れた。


その様子を見ながらロランは嫌な予感がした。

夜に、自室に異性を招くなど人が見たら大きな誤解を招く。それに、この国の貞操観念は身分が高くなるほど厳しい。婚前交渉などあってはならない。だからこそ、ロランは魔力のない娘と結婚しなければならないのだ。


一体シャルロットは何を考えているのだ?


「ロラン、珍しい茶葉を手に入れたの。さあどうぞ」


ロランの警戒をよそにシャルロットは可愛らしい少女のような笑顔を見せながらロランにお茶を勧めた。ロランは目の前に出されたバニラとジャスミンをブレンドしたような甘く強い芳香を湛えるお茶を見つめながらシャルロットに聞いた。


「具合が悪いのではないのか?」


シャルロットはその質問にすぐ答えようとせずにカップに入れた自分のお茶をスッと口に含み「ハァー」っと甘い吐息を吐くような声を出し、そのカップを持ったままロランに言った。

「具合、悪くなどないわ。それよりもね、ロラン」

シャルロットはカップをテーブルに置き突然立ち上がった。ロランは黙ってシャルロットを見ている。シャルロットは向かいのソファーに腰をかけているロランのところまで移動し、その隣に腰をかけた。警戒し少し距離をとるロランの両手を掴みぎゅっと握りながら瞳を潤ませロランに話しかけた。


「ロラン、因習にしたがって魔力のない娘と契りを結ぶんでしょ?私は悲しいの。ね、ロラン、私たちは恋人同士なのよ。わたくしはあなたと肌を重ね合わせたい」


シャルロットはそう言ってロランの胸に飛び込んだ。しかしロランは眉間に皺を寄せシャルロットを押し退け即座に立ち上がった。驚いたような表情を浮かべ見上げるシャルロットを見てなんともいえない怒りを覚えた。


「シャルロット!今自分が何をしようとしているのかわかっているのか?やめてくれ!」


ロランは早足でドアに向かって歩き出した。


「待って!!ロラン!!お願い!わたくしはロランに抱いて欲しい!!帰らないで!!」


シャルロットは立ち上がりロランの背後から抱きしめるように手を回した。


ロランの背中にシャルロットの体温が伝わる。

華奢な腕がロランの体を強く抱きしめ懇願するような掠れた声でシャルロットはもう一度言った。


「ロラン、お願い……」


しかしロランは自分を強く抱きしめるその腕を荒っぽく振り払い、驚いた顔をするシャルロットに言った。


「もう一度言う。やめてくれ。これはお互いにとって良くないことだ。たとえあなたの願いであってもそれは叶えられない」


ロランはシャルロットの行動に深い失望を抱いた。なぜなら、シャルロットはこのような行動に慣れているように感じたからだ。女性にとってその身を相手に預ける行動はそれなりに怖さがある。しかしシャルロットは指先にも、抱きしめた腕にも、柔らかい体にも言葉にも、そしてその表情にも一切の恥じらいも硬さも無かった。


シャルロットはロランの言葉を聞き想像と違うその言葉に落胆するかのような表情を浮かべた。だがシャルロットは諦めない。すぐにロランを追い後ろからロランの腰に手を回し広い背中に頬をつけ言った。


「ロラン、諦められない。お願い。五ヶ月我慢するからお願いロラン」


ロランは背中越しにシャルロットの嗚咽を聞き、大きなため息を吐き断固とした強い口調でシャルロットに言った。


「シャルロット!それは出来ない!」


ロランは心の中でシャルロットに対する気持ちが急激に下がってゆくのを感じている。


私は彼女の何が好きなのだろうか?


シャルロットはロランの断固とした言葉を聞き両手を離した。そして掠れそうなか細い声でロランに言った。


「じゃあ、ロラン、魔法の制約を結んで。あの愛の言葉の制約を、お願いよ。ロラン」


愛の言葉の誓約。


それはロランにとって難しいものではなかった。愛情の言葉全てをシャルロットに捧げるというものだ。


「……わかった。期間は五ヶ月だけだ」


ロランはそんな制約に何の意味があるんだ?と不思議に思ったが、泣きながら願うシャルロットの為誓約を結んだ。

ただ、シャルロットに対する愛情は会うたびに薄れてゆく。しかしこの先誰かを好きになることはないと考えそれで済むならとロランは内心ホッとした。


なぜなら今のロランにとってこの誓約の対価は無いに等しいからだ。




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