うんざりする現実
魔力の無い娘を必ず愛する?!
その言葉を聞いたロランは急激に頭に血が上った。ベルトランの決めつけるような言動に強い反発と、深い絶望を感じた。だがその絶望はベルトランが自分を理解してくれなかったと言うものでは無い。もっと深い所で感じた理由のわからない感情だ。
……冗談にも程がある。見たこともない会ったこともない娘に愛情を抱くなど想像もできない。それに、私にはシャルロットがいる。そんないい加減なことはできるはずも無い。
だが、思考と心は一体ではない。ロランの心は揺れている。
ベルトランお祖父様が断言することは必ず何か理由がある。私の知らない何かがあるのだろうか?
ロランはそんな自分の感情に戸惑いながらもベルトランの目を見つめはっきりとした口調で言った。
「お祖父様、私はシャルロットを愛しておりますがゆえ、そんな事にはならないでしょう」
ベルトランはロランの言葉を聞き笑みを浮かべた。まるでロランの戸惑いをわかっているかのように見透かすベルトランの瞳。ロランはその心を悟られないよう目線を外しベルトランに頭を下げた。
「そうか。ロラン、私のマグノリアの別邸を使うがいい」
ベルトランはロランの肩をポンと叩き去っていった。
ロランは結婚の覚悟を決めてから、何度もシャルロットと話をした。だが、シャルロットは五ヶ月が待てないと泣き出す。シャルロットの気持ちは勿論理解できるが、この現実を変えることはできない。
ただ、気になることがある。あの日神殿が極秘に通達してきたあの話。知っている人間は国王と王妃、シャルロット、私の両親とお祖父様、そして私だけ。あの通達から半刻も立たないうちに私たちの恋愛が悲恋と言われ本や演劇まで始まった。そこまで大規模に手を回せる人間はそうそう居ない。……疑いたくは、無い。
だが、結果として相手の娘を追い詰めているこの現状は正直言って気持ち良くは無い。シャルロットが何を考えているのかわからない。ただ、五ヶ月待てないと泣き続けるシャルロットを慰め求められるまま愛の言葉を伝え続ける毎日から解放されたい。そんな気持ちが生まれてきたのは事実だった。
それからも何度話し合っても平行線を辿る日々が続いた。
だがそのうちに、何を言っても頑ななシャルロットに対する気持ちが下がっていった。それと同時に、シャルロットを待たせることは彼女の時間を奪うことにも繋がるとロランは考えるようになった。
シャルロットはカパネル王国の姫だ。結婚相手など 沢山いる。そんな彼女を待たせることは彼女の幸せを奪い、この国の不利益を生むかもしれない。
ロランはとうとうシャルロットに別れを切り出した。
「シャルロット、あなたのいう通り五ヶ月もあなたの時間を奪う事はできない。だからと言ってこの因習を放棄することも出来ない。ならば、別れるしかない」
ロランはソファーに腰掛け向かい合って座るシャルロットに言った。ロランの瞳はその言葉を裏付けるように一切の感情は無かった。
元々ロランは感情を表さない。愛の言葉を伝える時でさえ冷静な、波一つ無い静かな湖のような瞳を見つめると心の底から愛されている訳では無いとシャルロットは知っていた。
だが、そんなことは問題では無かった。ロランの持っている全てはシャルロットの大きなプライドを十分に満たしてくれる。そのプライドが満たされることに幸せを感じているのだ。
勿論ロランも同じだと思っていた。だからこそシャルロットはロランを手放したく無い。執着に近い感情だ。これは駆け引きだと安易に考えていたシャルロットはまさかロランが引くとは思ってもいなかった。
だが、現実はそのロランから別れを切り出されたのだ。筋書き通り行かない現実にシャルロットは戸惑い我を忘れブルブルと震え立ち上がった。
「嫌よ!ロラン!別れるだなんて言わないで!!わたくしは、わたくしは、ウッ」
シャルロットはそう言いながらソファーに倒れ込み両手で顔を覆い泣いた。ロランはそんなシャルロットを見て胸が痛んだ。だが、不思議とその言葉を撤回する気持ちにはなれない。その理由はわからないが、ただ、疲れてしまったのかもしれない。
「シャルロット、あなたを待たせるわけにはいかないのだ。五ヶ月後私が離婚しシャルロットにも相手が居らず、お互いの気持ちがあればまた始めることもできる。だが約束はできない」
ロランはハッキリと伝えた。シャルロットはガバッと顔を上げ衝撃に顔を歪ませた。
やり過ぎたのだ。あの作家の言う通り動いたはずなのにまさかこんなことになるとは!民衆は動かせても一人を動かす難しさをシャルロットは知った。
だがまだ方法はある。
シャルロットは縋り付くような声を出し今までの言葉を撤回した。
「ロラン、困らせてごめんなさい。五ヶ月待つわ。だから、お願い。別れるだなんて……言わないで」
シャルロットは待てないと言い続けた言葉を撤回した。ロランはシャルロットがその言葉を撤回するとは思わず、シャルロットに対する罪悪感と少しの息苦しさを感じた。
だが、シャルロットに対する愛情は残っている。ロランは立ち上がり泣き続けるシャルロットの隣に腰掛けそっと抱きしめた。
それからロランは本格的に結婚の準備を始めた。
執事に結婚相手の家に支度金を持って行くよう指示した。その時に神殿から提示された日取りを伝え、ドレスなど一通り揃えても有り余るほどの高額な支度金と、王都までの馬車の手配をした。
ただ、結婚相手となるジゼルは一度も姿を現すことがなかった。
使いの者から報告を受けた執事はあまりに無礼な振る舞いに怒りを覚えた。
ロランからこれだけの準備をしてもらい姿を現さないなど考えられない。人間性を疑う行為だ。通常は両親と共に本人が礼を伝えるのが筋である。しかし両親と妹だけがロランの使いに礼を言い、本人は一切顔も出さず、礼状すら送ってこなかった。
相手の娘は幼い頃に母親を亡くしたせいか世間知らずで我儘に育ってしまったと両親は言った。恥ずかしいと何度も頭を下げ詫びの言葉を述べたそうだ。
だが、その両親も下品で欲深く使いの者にもっと支度金は貰えないかと聞いたそうだ。
親を見れば娘など見なくともわかると言って執事は呆れていた。
ロランはその報告を受け、糾弾されるのは理由があるのかもしれないと思った。
先日もその娘は自分が糾弾されたのは神殿の発表の仕方に問題があったと言い神殿から金をせびるように両親に頼んだと新聞に書かれていた。実際神殿は支度金という名目で高額なお詫び金を渡した。
公爵家だけじゃなく神殿にまで金をせびるような下品な女。
ロランはジゼルに対し新聞通りの人間だと思い始めた。
そんな人間と結婚しなければならない現実にうんざりする気持ちが湧き上がったが、覚悟を決めた以上五ヶ月は我慢しなければならない。できる限りの接触はやめ、望んだ結婚では無いと相手に伝わるような明確な態度と距離を取ろうと決めた。
こうして大魔法使いと魔力の無い娘の結婚は動き出した。




