醜い棘
「この結婚が終わる時」を読んでくださってありがとうございます。
第二章を始める前に、この「醜い棘」をアップいたします。
この話がエピローグになるのか、プロローグになるのか、
それとも外伝的なものになるのかわかりませんが、
このタイミングでアップするべき内容となる為、アップいたします。
読んでいただければ嬉しいです。
「姫様、ロラン様がいらっしゃいました」
もうロランが?!急がなきゃ!
貴賓室の上質なソファーに腰掛けるカパネル王国の薔薇、シャルロット姫は目の前で居心地悪そうに腰掛けている男、リカルドに貴重とされるスターダイヤモンドの原石を手渡した。
「確かに本物。……約束は守ります」
シャルロットはリカルドに一冊のノートを返した。
〜これはロランの結婚が王室とジュベール公爵家に通達された翌朝からのお話〜
「一体何の騒ぎだ?!」
朝の清らかな光の中、祭壇前で祈りを捧げていたドナ司祭は静かな祈りを妨げる荒々しい罵声を耳にし顔を上げた。
外の様子がおかしい。
ドナ司祭は祈りを中断し、急ぎ神殿の表に出た。五十メートルほど先に見える神殿の表門は普段であれば解放されている時間だが固く閉じられている。その近くで右往左往していた門番は神殿から出てきたドナ司祭を見て助かったと言わんばかりに泣き出しそうな形相で走ってきた。
「大変なことが起こりました!」
震える門番の肩に手を当て優しく微笑み落ち着かせ、ドナ司祭はそのまま表門へと歩いて行った。
「ジゼル・メルシエは国家を転覆させる悪魔の申し子!」
「この結婚はすぐに取りやめるべきだ!」
神殿の周りには数百人もの老若男女が集まり、口々にジゼル・メルシエに対する悪口を叫んでいた。
その様子はまるでデモをしているような異様な熱気があり、燃え上がる怒りの炎を神殿に向かって投げつけるような激しさがある。中には言葉だけでなく石を投げつける者もいた。
熱に冒されたような人々はドナ司祭を見ると一旦口を噤んだが、「国の平和を妨げる結婚に反対だ!」と誰かが叫ぶと導火線に火がつき一気に爆発したように人々は再び怒声をあげ始めた。勢いよく押し寄せる波の如く繰り返し叫ばれるジゼルへの悪口を聞き、ドナ司祭は言葉をなくした。
一体何が起きたのだ?!
司祭は突然起こった民衆の暴走に愕然とし立ち尽くした。
「ジゼル・メルシエは国を転覆しようと目論む悪魔のような女」
「ジゼルはジュベール公爵家の財産狙う女」
「この国を戦争に導く悪女」
「魔力がないのは神に見放されたからだ!」
「ロラン様との結婚を強制する神殿も悪女の呪いにかかったのだ!」
神殿を取り囲む人々はロランの結婚相手、ジゼル・メルシエを糾弾している。
なぜだ?!
ドナ司祭は顔色を変え踵を返し、創造の女神メシエの像が安置してある祈りの間に入り神官達を集めた。
「何故人々はジゼルの名前を知っている?!」
ドナ司祭の言葉を聞き神官たちは青ざめた。
この結婚はまだ世間に公表されていない。
この国を左右する重要な結婚、慎重に運ばなければならないと神殿は細心の注意を払い極秘で行動してきた。
なぜならロランとシャルロット、この二人の恋愛は多くの民衆の関心があるからだ。
その大きな理由は、四十年前のカパネル王国を襲った大きな危機だ。
王室とジュベール公爵家の一触即発の断絶の危機。断絶はカパネル王国の崩壊を意味する大きな事変だ。
王室と共に建国当初からあるジュベール公爵家は王室以上の財力と権利と力を持っている。それは建国当時に初代王バジル・ブランシャールと、アンジュ・ジュベールが決めた誓約がある為だ。この誓約は建国以来守られてきた絶対なるもの。しかし数千年前の誓約を守るのは時代に合わないと考えた現国王ドミニクは当時のジュベール公爵であるベルトランにその権利を王室に渡すよう命令したのだ。
ジュベール公爵家随一の商才と頭脳を持つ当主ベルトランは怒りを露わにし、 ジュベール公爵家が手がける公共事業、国の基盤となる財源、国を守るために派遣していた兵等を一気に撤収し、貿易の要となる領地の港を封鎖した。さらに、国の守り神と言われる所以となるジュベール公爵家の特別な防御魔法、カパネル王国と敵対関係にある二ヵ国の境界線を守る防御魔法を解いたのだ。そして一族を招集しカパネル城を取り囲んだ。多くの貴族は突然の事変に右往左往したがそのほとんどはジュベール公爵家に味方した。なぜならドミニク王は強欲な王で不満を持つ上位貴族が多数いたのだ。
その状況に国はあっという間に揺らぎ民衆の生活は混乱し王室に対し暴動も起きた。その危機的状況に慌てたドミニク王はすぐにその言葉を撤回しベルトランに謝罪した。ベルトランは即刻一族を撤収し事業を再開させたがそれ以来王室とジュベール公爵家の間には深い溝ができた。
だが、この溝はロランとシャルロットの交際によって埋まりつつある。
民衆はこの国の平和のために二人の恋が成就することを願っているのだ。
だからこそ慎重に運ばねばならなかった。
この結婚は創造の女神メシエの意思である。大魔法使いと魔力の無い娘は必ず結婚しなければならない。ドラゴン王の誕生もおそらく間近に迫っている。
よって、この結婚を遂行するとドナ司祭はジュベール公爵家と王室に直接出向き丁寧に説明した。結婚期間は最低でも五か月。ただ、五ヶ月後には離婚ができ、その後二人は結婚できる。だから五ヶ月だけ我慢してくれと。
そして、恋人同士であるロランとシャルロットがその条件を受け入れ納得した上で相手となるジゼル・メルシエに話そうと決めていたのだ。考える時間も一週間与えた。ただ、この結婚は拒否する事は出来ないとも伝えた。
それが昨夜の話。
だが、あれから半日も経たないうちに民衆がこの結婚を知り暴動に近い騒動を起こしている。
一体誰がこの情報を漏らしたのだ?!犯人を探さなくては!
しかし、事態は急変しつつある今、犯人を探すよりも先にこの騒動を収めなければならないとドナ司祭は判断した。
二人の結婚を発表する。
ドナ司祭は怒りを向ける人々の前に立ち古の因習に従いロラン・ジュベールと、ジゼル・メルシエの結婚を遂行すると発表した。そして五ヶ月後に離婚できる事も発表しこれ以上ジゼルを糾弾しないよう伝えた。
そしてこの結婚をジゼルに伝えるために神官を急ぎジゼルの故郷オラールへと派遣した。
その発表を聞いた人々はそれであれば国の平和は守られると怒りを収め帰って行き、ひとまず安堵した矢先、事件は起きた。
その発表から二時間後、ロランとシャルロットの恋物語本が突然世に出回り、二人の悲恋を描いた演劇が公演され、そしてジゼルの詳細情報と中傷が書かれた新聞がカパネル王国の至る所で発刊され張り出された。
その結果、折角収まった民衆の怒りは二人の悲恋を嘆く方向に代わり、ジゼルに対する糾弾が再燃したのだ。
離婚が出来るなら結婚を辞退しろという声が上がり人々はさらにヒートアップした。
そして暴徒化した一部の人々はジゼルの故郷オラールに向かい、邸宅を探し当て物を投げ入れ誹謗中傷を繰り返すようになり手のつけられない状況になった。
神殿はこの事態に打つ手がなくなった。
そんな時、シャルロットの言葉が発表された。
「わたくしはロランを待ちます。ロランもわたくしに改めて愛を誓ってくれました。一刻も早くロランと結ばれるその日が来ますよう日々祈りながら過ごしておりますので、どうかジゼル・メルシエを責めず静かに見守って下さいませ」
その言葉が瞬く間に広がると、さらに人々はジゼルへの批判を強めた。
お優しい姫様の幸せを奪うジゼル!
悪魔のような女!
ジゼルに対する憎悪のような黒い感情がカパネル王国を覆い、ジゼルに対する批判や中傷は誰も止めることができなくなった。
ジゼルは何も知らぬ間に完全なる悪女として仕立て上げられたのだ。
神殿もその騒動を収拾することが出来ず「発表の仕方が悪かったのではないか」としつこく抗議をしてきたメルシエ一族にジゼルの支度金と称した和解金を渡した。
この金がジゼルに渡ることはないとわかっていたがそうするほか無かった。
そしてそれをまた誰かがリークし、ジゼルは欲深い女と批判を浴び、世間はますますシャルロットに同情した。
「シャルロット様こそがロラン様に相応しい」
「魔力の無い女はゴミ以下で捨てる場所さえない」
「五ヶ月迎える前に、いや結婚する前に死ねばいい」
終わることのない負のループが始まった。
人々は疑うことなくジゼルを悪女だと認定し、罪のないジゼルを精神的に追い詰めるような悪口を平気で口にするようになった。
そしてジゼルを守るべきメルシエ一族も厄介者のジゼルをあからさまにゴミのように扱った。
その結果、ジゼルは家から出られなくなった。
「ふふふ、とても良いシナリオでした。早急に続編もお願いしたいわ」
シャルロットはシナリオ作家リカルドに向かって優雅に微笑みロランの待つ部屋へと急いだ。
「この結婚が終わる時」を読んでくださってありがとうございます。
次話から第二章【ロラン・ジュベール】が始まります。
皆様の想像する第二章の展開になるのかわかりませんが、
テンポよく進めて参りたいと思っております。
この拙い文章を読んでくださる方々、申し訳ないやら、嬉しいやらでひたすら感謝しております。
皆様に楽しんでいただけるよう精進して参ります。ありがとうございます!
感想をくださる方々、とても嬉しいですし、参考になります。物語の肉付け?のきっかけや、
客観的視点をくださり本当に感謝しております。皆様のおかげで奥行きが生まれることが多く
とても勉強になり感謝申し上げます。
そして相変わらず誤字脱字が多く、おそらくこの醜い棘も皆様のお力をお借りすことになると予測しております。
繰り返す誤字、行?脱字の間違いを根気よく教えてくださり心より感謝申し上げます。
改の字を見るたびに皆様の優しさを感じ、頭が下がります。
私の先生、ありがとうございます!!
では第二章、近日中にアップいたします。
感謝を込めて。
ねここ




