出迎え
その夜ロランは帰ってこなかった。
シャルロット様と過ごされているのかもしれない…………悲しくないと言えば嘘になる。だけど愛し合う二人の邪魔をしているのは私。
二人が一夜を過ごしたとしてもそれをとやかく言える権利はないし言おうとも思っていない。
なぜなら私はロラン様にとって……愛する妻ではない。
翌日の夕方、ロランは帰ってきた。
「ロラン様、お帰りなさいませ」
ジゼルはエントランスでロランを出迎えた。本心を隠し何事もなかったかのように微笑みを浮かべる。
だがロランは、出迎えるジゼルを一瞥し眉間に皺を寄せ何も言わず部屋の方へと歩き出した。一緒に出迎えていたメイドたちは慌ててロランを追って行きジゼルは一人エントランスに残された。
……私、何がダメだったんだろう?
ジゼルは両手で顔を覆い涙を呑んだ。
お帰りなさいが嫌味に聞こえたのかしら?
笑顔がひきつっていた?
それとも帰ってこない日の翌日は出迎えない方がいいの?
いいえ、
……全部、違う、
私の存在自体が問題なのだわ。
ジゼルは顔を上げエントランスのドアを見つめた。このままここから飛び出していきたい。
……私は誰にも求められていないし居なくなっても探してくれる人はいない。
このままここから……。
ジゼルはフラフラと何かに取り憑かれたかのようにドアの方に歩き出した。
「何をしている?」
?!
その声に我に返った。振り向くと着替えたロランが立っている。
「あ、申し訳……」ジゼルはじっと見つめるロランの視線に自分の考えが見透かされたように感じた。何か、何か言わなきゃ。
ロランは口籠るジゼルを見つめながら長い髪を片手でかきあげ言った。
「……食事だ」
ジゼルはロランのその姿を見て先日抱かれていた時に肌をなぞるロランの髪の手触りを思い出した。一気に顔が赤らむ。慌ててロランから目を逸らし取り繕うように言った。
「あ、ちょっとボーッとしてしまって、す、すぐに……参ります」
ジゼルはロランの視線を遮るようにこめかみに手を当てた。
恥ずかしい!なぜこんな事思い出しているの?!
ロランはジゼルを見つめ何も言わず歩き始めた。
……どうにか誤魔化せた?
つい先ほどまで落ち込んでいた私が今はあの夜のこと考えているなど……恥ずかしくてロラン様の顔を見れない。
ジゼルはロランの背中を見つめ動揺をおさえるよう深呼吸をした。前を歩くロランの長い髪が歩みに合わせ揺れ動いている。あの美しい髪に直接触れてみたい。
けれどそんな日は永遠にこない。だからこうして見つめさせて下さい。
ジゼルはロランを追いかけようと歩き出そうとした時、ロランは立ち止まりジゼルの方に振り返った。
え?!
ジゼルは驚き立ち止まった。ロランは何も言わずジゼルを見つめまた歩き出した。
何……今の?
ジゼルは自分の目を疑った。今見たロランは伏し目がちにジゼルを見てほんの少しだけ口角を上げたのだ。
見間違い?
ロラン様、少しだけ笑ってくれた?
まさか、ロラン様が私に笑いかけてくれたの?
どうしよう?
笑ってもらえるようなことは何一つしていない。ま、まさか考えを読まれた?!
いえ、魔法は私に効かないから違うわ。
……一体なに?
ときめく心を抑えきれず顔が自然と笑顔になる。
まさか、ロラン様わざわざここに私を呼びに来てくれた?私がちゃんとついてきているか心配してくれた?
……
―そんな事、
あるはずが無い。
ロラン様は私が嫌いだから。
それを忘れ自分勝手に都合の良い想像を膨らましている私は本当に浅はかな人間だわ。
ロラン様にはシャルロット様がいる。
私はロラン様にとって邪魔な人間だと心得て空気のように生きなきゃ。ロラン様が私を気にするなどあり得ない事だから。
ジゼルは自分勝手な考えを頭から追いやるように首を振り、現実を見つめた。