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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ

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その手を繋ぐ


 その夜、ベットに横になっているとロランが部屋に戻り心配するような口調で声をかけてきた。


「傷は痛むか?」

 

 え?!


 ロラン様が傷の心配をしてくださっている?どうしよう、嬉しい。

 

 思わずその言葉に笑顔が浮かぶ。ジゼルはすぐに起き上がりロランに言った。

 

「こんな姿で申し訳ありません、い、痛みは大丈夫です。ただ、剣術の訓練ができなくなるのが残念です」


 ジゼルは目線を下げ怪我をした手を見た。

 剣術の訓練ができなくなると思うと不安が増す。一人で生きてゆくための訓練は積み重ねて初めてその成果が出せる。危険に遭遇した時その積み重ねが発揮されるのだ。魔法が使えないジゼルは身を守る術がない。危険を感じたらまずは逃げること。だが、選択肢が無くなれば最終的に戦うしかない。

 

 ロランが「離婚はしない」と言わない限り行く当てのないジゼルは常に危険と隣り合わせの日常を送ることになる。女一人で生き抜くことはほぼ不可能だ。


 底知れぬ不安が心に広がり怪我した手を握りしめる。 


 どうしたらいいの?

  

 握った手を見つめながら唇を結んだ。


 あ、しまった、ロラン様がいらっしゃるのについ考え込んでしまったわ!


 ジゼルは目線を上げロランを見た。

 


 ロランはジゼルを見ていたが目が合うとフイッと顔を背け黙って窓辺に行きカーテンを開けた。


 ロランの足音だけが響く。


 どうしよう、怪我をしたのはロラン様のせいって言っているように聞こえてしまった?離婚されたら帰る家もない底辺貴族の娘が遠回しに嫌味を言っていると思われてしまった?


 なんとなくロラン様が怒っているように感じる。


 誤解を解かなきゃ。

 

 ジゼルはロランに声をかけようとした、が、黙って外を眺めるロランを見て言葉を呑み込んだ。

 

 ロランの周囲の空気が張り詰めて見え話しかける雰囲気ではない。それに、改めて言い訳をするのも今更おかしい。そんなことをしても何も変わらない。


 ジゼルは黙って手を見つめた。

 


「……もう寝るぞ」


 ロランはそう言ってカーテンを閉めベッドに入った。ジゼルは複雑な気持ちになりながらも横になった。

 

 ロラン様は私のことは全く興味がないのだろう。隣にいらっしゃっても遠くに感じる。

 

 ……興味など、湧くはずもないか。


 嫌いな妻が何をしても、別れる妻がその後どう生きようともロラン様には関係ないもの。それに私はシャルロット様をいじめる悪女だから問題を起こさず去ってほしいと思っていらっしゃるわ。


 そう考えたら急に傷口がズキズキと痛んだ。先ほどまで痛みもなく平気だったのに心の痛みを表すように痛む手をもう片方の手でさすった。


 はぁ、明日から訓練ができなくなってしまった。どうしたら良いのかしら……。

  

 悶々と考えているうちに、眠気が押し寄せてきた。ウトウトと夢と現実の間を行き来している時、ロランがジゼルの手をそっと握った。


 あたたかい……。


 ジゼルはそれが夢なのか現実なのか、何も考えられずそのまま眠った。



 だが、それから毎日ロランはジゼルの手を繋いで眠るようになった。


 ジゼルは驚くほどの喜びを感じたが、きっと、責任を感じそうしてくれているのだと理解した。なぜならもうすぐシャルロットと結ばれる予定のロランがそんな事をするはずがない。

 

 そう言い聞かせながらもロランの大きく温かい手はジゼルの心までも包み込んでくれるように感じた。


 この手を離したくない。


 日を追うごとにその想いが強くなる。

 しかしロランは手を繋いで眠ることにこれと言って大きな反応は示していない。そうすることが当たり前のように振る舞っているのか、それとも全く気にも留めていないか。


 なぜ手を握ってくれるのか、その疑問を口にしたら二度と繋いでくれない気がしてジゼルは聞く事ができなかった。


 ロランの休暇四日目の朝、城から使いがやってきた。ロランはその使いから書簡を受け取ると執務室に入りその後、着替えジゼルを呼んだ。ジゼルは庭で花の手入れをしていたがロランが呼んでいると聞き急いで向かった。


 何かあったのかもしれない。


 ジゼルは不安を感じながら部屋に戻った。部屋に入ると同時にロランがジゼルに声をかけた。


「せっかくの休暇が潰れてしまった。今から出かけなくてはならない。夜には戻る」


 ロランはそう言って魔法で髪を束ねジゼルの返事も聞かず移動魔法で消えた。ジゼルは一先ず安心をした。ロランはローブを羽織っていなかった。戦争に行った訳ではない。それに夜には戻ると言ってくれた。それだけでも心が安定する。でも嵐のように去っていったロランを見送った後心の中にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じた。

 

 この数日間特に何をするわけでもなかったが、ロランと共に食事を摂り、夜は手を繋ぎ眠る。夫婦として特別でもないこの日々はジゼルにとっては夢のような日々だった。

 ロランと会話らしい会話こそなかったが、穏やかに過ごせることが何よりも嬉しかった。お互い黙っていても以前のように極度に緊張することもなく、不思議と居心地が良かった。


 ロラン様はどう感じていたのだろう?私がいるこの邸宅に休みであってもお出かけもせずこの数日間過ごしていらっしゃった。嫌ではなかったのかしら?


 ロラン様は一日中この邸宅にいる私をどう思ったのかしら?ロラン様の休息の邪魔をしたくないけれど、私は世間から悪女だと嫌われているから怖くてこの邸宅から出られない。せっかくの休みに私がいて申し訳ないと思いつつも、ロラン様が出掛けずにいたこの数日間、私はとても幸せだったわ。


 ジゼルは主人のいない椅子を見つめ胸に去来する寂しさをお茶と共に飲み込んだ。

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