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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ

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また医者を呼ぶ


 二週間ロラン様がいる。嬉しいような緊張するような。


 ジゼルは朝食を用意しながら昨夜のことを思い出していた。


 三ヶ月目から何かが変わった。何も仰らなかったり、昨夜のようにお話しできたと思ったら不満げにされ、どうなるかと思えば何度も求められる。

 

 ロラン様はお疲れなのかしら?

 

 ……ロラン様のことがますますわからなくなったけれど、戦争のストレスもあるのかもしれない。昨夜の情熱は……ストレスのせいよ。きっと。


 ロラン様は私に対し以前のような冷たさは全くなくなり今はどちらかと言えば優しい。けれどこれは偽りの優しさで本当の優しさでは無い。間違えてはダメ。

 

 冷静に考えて、振り向いてくれる可能性はマイナス百パーセント。

 

 マイナスからスタートしているしそもそもロラン様にはシャルロット様がいる。


 だけど正直に言えば……、ロラン様のあの瞳、声、優しい行動、その全てが嘘に思えない時がある。都合のいい思い込みかもしれないけれど、でも本当の優しさだとしたらロラン様はシャルロット様と別れるのだろうか?

 ……それも、現実的に思えない。


 そう考えるとロラン様の本当の気持ちはどこにあるのだろう? 


 

 ロランは朝食を食べて驚いた。

 今まで食べていたものとは比べ物にならないほど美味しかった。


「料理人が代わったのか?」


「いえ、同じです。だけど、皆さん考え方が変わったのかもしれません。お気に召さなかったですか?」


「いや、美味しかった、とくにこのスープ」


「あ、ありがとうございます。それは私が作りました。ロラン様がお疲れでしょうから」


「お前が作ったのか?」


「はい、美味しいと言って下さって……嬉しいです」


 初めて褒められた。

 嬉しくて胸が苦しくなる。込み上げる喜びで目の前の景色は色彩に溢れ窓から差し込む朝の光がキラキラと輝いて見える。

 ロランが上品にスープを飲む姿を見て涙が溢れそうになった。ジゼルは俯き唇を結び喜びの涙を飲み込む。喜びで俯くのは初めてだ。こんな日が訪れるなど想像もしていなかった。


 ジゼルは膝の上の両手を握り喜びを噛み締めた。


 少しだけ存在を認めてもらえたような気がした。

 

 嫌われたままのお別れではあまりに寂しいから……。


 

 ロランは食事が終わると執務室に入った。

 


 ジゼルはいつものように庭の手入れをし、メイド達と話をし、生きるための訓練をした。

 ロランが二週間邸宅にいてもロランがジゼルを呼ばない限りジゼルはいつも通り過ごすことが良いと判断したからだ。


 今日は剣術の日。


  

 ジゼルは旅に出るようなラフなワンピースに、その上から外套を羽織り剣を握った。


 剣術の先生は邸宅を守っている騎士のクレールだ。クレールにはお昼までの二時間剣術を学んでいる。

 襲われた時にどのようにして逃げるのか、戦うのか、実践で行うため擦り傷もできるが気にしていられない。


 死ぬか生きるか。二つに一つ。


 今日も惨敗だ。ジゼルは十二回殺された。


「ジゼル様、大丈夫ですか?洋服も切れてしまいましたね」

 クレールは申し訳なさそうな笑顔を浮かべジゼルに頭を下げた。


「大丈夫です。本当だったら死んでいますもの。ではもうすぐお昼ですから失礼しますね」


 ジゼルは笑顔で答え、土だらけになった服を着替えるために部屋に戻った。


 そこにロランが現れた。


「何のために剣を?」


 ロランは執務室の窓から一部始終を見ていたのだ。


 昨日の話を信じてくれていない?その質問に戸惑いながらもジゼルは答えた。


「あ、こんな格好で申し訳ありません。剣術は、この先、生きていく上で自分の身を守るために、」

 

「……」


 黙っていたロランが突然ジゼルを抱き上げベットに押し倒し両手を押さえた。その腕力の強さは女性の比ではない。ジゼルはどうして良いのかわからずロランを見つめた。


「お前もう襲われてるぞ?」


 ロランは眉間に皺を寄せジゼルに言った。


 ジゼルは突然のロランの行動に驚きながらもロランに襲われるならば幸せだと考えてしまった。

 

「……すみません。ロラン様だから油断してしまいました」


「フッ、私だからか」


 ロランは手の力を抜いた。


 強く手首を掴まれていたせいか、急激に指先に血が通う。心臓が強く波打ち一気に顔が赤くなった。少し嬉しそうに笑ったロランに喜びを感じたジゼルはそれを悟られないようにロランから目を逸らした。


 その瞬間ロランは胸から剣を取り出しジゼルの首に当てた。


 攻撃中、目を逸らしたら負けを認めたも同じ。

 しまった、ロラン様に対する恋心が優ってしまった……。


 でも……。

 

 ジゼルは一瞬目を瞑ったが、次の瞬間その剣を掴んだ。


「お前!素手だぞ!!怪我をする」


 ロランは慌ててジゼルの手を掴んだが既に手が切れていた。


「あ、しまった。グローブ外していました……」


 ジゼルは切れた左手を押さえながらロランに微笑んだ。


「はぁ……また医者を呼ばねば」


 ロランはすぐにエミリーに医者を連れてくるように言った。


 ジゼルはベットの端に座り出血を押さえるためのガーゼを傷に当てている。ロランはその隣に座り


「傷を見せろ」


 ジゼルの左手のガーゼを外し傷を確認した。


「二針だな。お前は、本当に……」


 ロランはそう言ってジゼルに笑いかけた。


 ああ、こんな風に笑って下さるとは…。


 ジゼルは幸せを感じた。隣に腰掛けてもらい、その上笑顔を頂けるなど……。これが嘘でもなんでもいい。


 この笑顔を見せて頂けたのだから。



 ロランの言う通り、手のひらを二針縫われた。


「なかなかお元気で宜しいですな」


 医者は冗談とも本気とも取れるようなことを言って帰って行った。



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