四ヶ月と十五日
形式上ロランの妻になって四ヶ月が過ぎた。約束の五ヶ月はもう目の前。
あの夜以来ロランはずっと帰ってこない。
ジゼルはカーテンを開け、朝日が差し込む部屋を見つめた。清々しい朝の光は部屋全体を明るく照らす。朝の光がシーツにあたり片方だけシワの入っていないシーツを一層際立たせる。その様子を見つめながらロランの事を考えた。
一体ロラン様はどこに行ってしまったのだろう?
ジゼルはシーツから視線を外し青く澄んだ大空を見つめた。
前回も行き先を言わず突然邸宅から出て行ったロラン様は最前線で戦っていた。防御魔法が施されていたにも関わらずボロボロになったローブ。また、今回も戦闘に参加しているのかしら?
不安が心に広がる。
先日、私の心配を察したエミリーは、執事ヤニックが通常通り仕事をしているから心配は無いと言ってくれた。その何気ない言葉に少し安堵するが、それでも不安は募る。だが今出来ることはロラン様の無事を祈ることだけだ。
大丈夫、ロラン様は大丈夫。
そう自分自身に言い聞かせ、無事を祈る日々を送っていた。
ただ、ロランがいないからと言って何もしない訳にいかない。ジゼルはロランと離婚しこの先一人で生きていくために学び始めた。
一人で生きぬくために足りない能力を書き出し、まずは火の起こし方やナイフの使い方など簡単なものから始めた。最近は危険から身を守るための方法と剣術を追加し学び始めている。
豆だらけの手を見つめ口角を上げる。
この荒れた手は私の誇り。
ロラン様がいない間何もせず悲嘆に暮れ、その日がやってくるのを怯えるよりも前を向きたい。ロラン様は皆の生活を守る為命をかけて戦っている。私も自分の命を自分で守れるように生きなければ戦っているロラン様に申し訳ない。前を向いて自立し生きることが今の私の目指すべき目標だわ。
ジゼルは部屋の窓を開け朝の清々しい空気を部屋に取り込んだ。
少しひんやりとした風がジゼルの背中を押す。
今日も頑張ろう!
ドアの外で待機していたエミリーに白湯をお願いし、ジゼルはクローゼットの奥に仕舞ったロランのローブを取り出した。先日の戦闘で焼けこげたボロボロのローブ。使えないこのローブは捨てられる運命だった。けれどロランの覚悟と共にいたこのローブを捨てることはジゼルには出来なかった。誰にも内緒にし、ここに隠したのだ。ここには沢山の秘密がある。毎月頂くお金を仕舞い、毎週届く封筒を仕舞い、ロランのローブを仕舞った。
ロランはこのローブを捨てる事なくジゼルが持っていると知ったら嫌がるかもしれない。好きでもない人間が自分の使ったものを持っているなど許せない事だとわかっている。だが、受け取ったお金やドレスは全て置いて、このローブだけ持ってここを出て行くこと、それがジゼルの一番の望みだ。
「ロラン様、何も要りませんからこれを持って行くことをお許しください。ロラン様のご無事を祈っております。私も頑張りますからどうか何事もなくお帰りになりますように」
朝食をとりジゼルは別邸の裏庭に出た。そこで小枝を集め火を起こす練習を始めた。
練習を始めた当初、そんなジゼルの姿をみたメイドや使用人達はそこまでしなければ生きてゆけないジゼルを可哀想に思い悲しんだ。
世間に悪女だと謂れのないレッテルを貼られ誤解されたままここを出てゆくジゼル。それでも懸命に生きようとするジゼルを助けたいとメイドや使用人達は皆でお金を出し合いジゼルに持たせようと用意した。お金さえあれば生きてゆけなくはない。
ただ、それを受け取らない可能性が高い。
お金よりも今ジゼルに必要な事、それは生き抜くスキルだ。メイドや使用人達は一人で生きようとするジゼルを指導する事にした。少しでも力になりたい、そんな思いを持ってジゼルを見守り支え始めた。
ジゼルも、誰にも必要とされず死んでゆく人生だと思っていたが、本気で心配し支えようとしてくれる皆の気持ちに応えるよう日々前向きに取り組んだ。その甲斐あってジゼルは大きく成長し始めた。
今まで全てを諦め受け入れるだけだったジゼルが、一人で生きてゆくという目的を持ち、一つ一つの課題と向き合いそれを乗り越えてゆく。
それを繰り返すうちにジゼルは自分自身を肯定出来る様に変わり始めたのだ。
「エミリー、聞いて。今日は二時間で火が起こせたのよ」
ジゼルは煤だらけの洋服を手で叩きながらお茶の用意をするエミリーに話しかけた。
「ジゼル様!すごい!でも……その間に日が暮れそうですね」
エミリーはトレーを胸に抱き苦笑いし言った。
「エミリー、もっと早くから準備するから大丈夫よ」
その言葉を聞いたエミリーは目を丸くし、聞いてられないと言う様に首を左右に振り言った。
「ジゼル様ってマイペースだからやっぱり日が暮れますよ!!」
「マイペース?!」
こんなやりとりが出来るようになり、目的を持ったジゼルの毎日は充実していた。
だが、一人で生きてゆくと決めたジゼルをエミリーは複雑な思いで見守っていた。火が起こせても食べるものがなければ意味がない。住む家がなければ一人で生きて行けるわけがない。だが、一介のメイドが口を出す問題ではないのだ。
四ヶ月と十五日目の夜、ロランが戻ってきた。
その日、ジゼルは木登りの練習をし、そのまま木の上で眠れるようにと汚れても良いブラウスにスカート、ところどころ破れボロボロになった外套を着て庭園の木に登り仮眠をとっていた。
木登りは獰猛な動物から身を守るための必要なスキルだ。場合によっては人からも隠れる必要もある。何時間も木の上に居られるようにと、眠る事にしたのだ。
「ジゼル様!!ロラン様がお戻りです!」
部屋からエミリーが叫んでいる。
その声を聞きジゼルは目を開け飛び起きた。