圧倒的な孤独
この屋敷に来てひと月、誰一人声をかけてくれる人はいない。
メイドも使用人達もロラン同様ジゼルを居ない人のように扱っている。
神殿が認めたロランの妻、けれども誰一人その存在を気にかける人はいない。
ジゼルは庭園に出て趣のある石造の屋敷を見つめた。
この屋敷はとても大きく重厚感があり使われている素材も家具も全て一級品だが、ジュベール公爵家の本宅ではない。
ジュベール公爵家は代々魔法に秀でている家系でその歴史は数千年に及ぶ。別名カパネル王国の守り神と言われるジュベール公爵家。本来その由緒正しい家門の当主になるロランは結婚したら妻と共に本宅に住む。
ロラン様が本宅に住まない理由は誰が見ても明らかだ。
私の存在はあの美しい魔法使いの妻ではなく、愛し合う二人を引き裂く最低な女。
図々しい悪女。
ジュベール公爵家やその一族がそんな女を妻として本宅に招き入れるはずがない。
この国の人達は私を妻だと認めていない。
そして何より私自身も……妻だと思っていない。
だから冷遇は当たり前だと思っている。
……冷遇。
追い出されるように家を出た私に住む場所を提供して下さったのだから冷遇とは言えないわ。「……ふふふ……」ジゼルは自虐的に笑った。
立派なお屋敷に住ませて頂いているのだから、私に出来ることはロラン様の邪魔にならないようにまるで存在感がない空気のように生きること。
明日から二ヶ月目が始まる。空気のように生きる二ヶ月目。
いつものように冷たい朝食を終えて、ジゼルは邸宅の外に出た。
ロランは朝食後、すぐに出かけて行った。どこに行ったかは知らない。
庭にはさまざまな花や木々が植えられていた。剪定も水も全て魔法で行われており一定の美しさがある。
でもジゼルにはそれが味気ないものに見える。魔法は素晴らしいし、使えたら、と何度も思った。
だけど魔法は秩序ある一定の周波のようなものでそれで管理された花や木々は秩序ある美しさだ。それ以上もそれ以下もない。
ジゼルは魔法が使えない。だから一つ一つ手間をかけて行うことしかできない。
だけどそれは全てを同じにするのではなく、その状態、状況に合わせて変えてゆくことが出来る。
そうしてあげると花や木は有機的にまるで自分の意志があるかのような存在にかわる。
ジゼルはそれが好きだった。会話をするように、花や木と通じ合えたような感覚になる。
ジゼルはこっそりと草木の手入れを行っていた。
「この枝はちょっと大きすぎて通気が悪いから切りますね。あ、ここに花の蕾が!」ジゼルは植物に話しかけながら手入れをしていた。
ふと足元を見ると小さな花が咲いていた。雑草は根こそぎ魔法によって取り除かれていたがその花はひっそりと咲いていた。
ジゼルはしゃがみ込その花を見つめていた。無駄なものはなに一つない。雑草と呼ばれ嫌われるこの花は私を優しく癒やしてくれる。
「ちょっと聞いた?」「聞いた聞いた!」メイド達が庭先に現れ噂話をしている。ジゼルがいることを知らないようだ。
「ロラン様とシャルロット様、今日お二人でお城のパーティー参加してるって!」
「そうそう、なんでもお二人の悲恋を嘆いた皇后様がお二人の為にパーティを開催されたそうよ」
「泣けるわね……」
「……本当。でもさ、私たち一応ジゼル様にお仕えしてるじゃない?だけどジゼル様に愛情一切湧かないんだけど」
「そりゃそうよ、だってロラン様がそうなんだから私たちが湧くわけないじゃない」
「まあご本人も、嫌われていると弁えてるみたいだし、あと四ヶ月の我慢よ、さ、行こ!」
メイド達は邸宅の中に消えて行った。
ジゼルは涙を堪え小さな花を優しく触った。