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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ

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夢の終わり

 ロランの腕を掴む瞬間、 

 

「あなたを愛することはない」


 そう言ったロランの言葉を思い出した。

 

 暗雲が立ちこめた心に雷光が貫く。ジゼルは我に返った。

 初めて会った時、ロランが宣言したその言葉が脳裏でこだまする。


 ロラン様は私を愛することはない。


 昂った感情が熱を失い暗雲と共に跡形もなく消えた。


 ロラン様が私に愛情を示す理由など何一つ思い当たらない。

 そもそも愛してくれる訳がない。ロラン様には愛する人がいるのだから。本当の恋人のように接してくれるのも、シャルロット様に会えない寂しさからかもしれないし、女性に人気があるロラン様の()()()()()()()()かもしれない。私は普通にすらなれない人間だから知らなかっただけ。


 それを勘違いして離れたくないと縋り付いても鬱陶しいと思われるか、偽りの優しさでサラッとあしらわれるだけ。


 また辛い思いを重ねるだけで何も起きはしない。


 それに、この優しさが真実とは限らない。それを忘れてはいけないわ。


 ジゼルは両手を握りしめ、ゆっくりと下ろした。


 ……だけど今は、この瞬間だけを見つめよう。

 

 二度とない儚い夢だとしても見させていただけただけで充分幸せだわ。

 今愛する人の腕の中にいるのは紛れもない事実だから。

 

 

 ロランはジゼルの黒く艶やかな髪を後ろに撫で付け露わになったその首筋に唇を這わせた。

 

 三度目の契りはこうして突然始まった。


 

 その後、情事が終わるとロランはすぐに洋服に着替え移動魔法で消えた。


 その間、言葉を交わすことは無かった。


 

 ジゼルは慌ただしく出ていったロランを見送りベッドに腰掛けた。床にはロランが脱ぎ捨てたローブが落ちている。着替えたロランはローブを羽織っていなかった。ローブを羽織らないということは魔法を使わない、戦場には戻らない。

 

 ……よかった。

 ジゼルは胸を撫で下ろした。

 

 何も言わず出ていったロランがどこへ出掛けたのかはわからない。シャルロットの元に行ったのかもしれない。それでも戦場では無いと分かるだけで不安で眠れなくなることはなさそうだ。

 

 ジゼルは乱れたベットのシーツを直し床に落ちているロランのローブを手にした。

 

 もしロラン様がローブを羽織って出かけようとしたならば連れていってほしいとお願いしようと思っていた。魔法を無効にできる私だけがロラン様を守れると思ったから。大魔法使いを守れる人間は魔力の無い私だけ。この命を捧げても後悔しない。

 

 ジゼルはローブを広げた。ところどころ焼け焦げている。防御魔法をかけているこのローブがここまでボロボロになるとは、どれほど高温の魔法を浴びたのだろう?そのローブが戦闘の激しさを物語っている。


 そんな状況にもかかわらず戦場からここに戻ってきてくれた。

 私と三度目の契りを行うために。

 

 ジゼルはローブを抱きしめた。


 

 ……でも、なぜロラン様は一言も話さなかったの?あまりに不自然で違和感が残る。ただ話さない代わりに態度で気持ちを表してくれたと思いたい。でもそれは偽りの優しさ。けれど、心の片隅にある小さな本心はロラン様の態度に偽りを感じなかった。あの瞬間だけは真実のように感じた。

 

 けれど、それがどうであってもこの先ロラン様と離婚し、私はここから去ってゆく。

 私には選択権がないのだからそれがロラン様の意思……。


 ジゼルはため息をついた。


 ……もう考えるのはやめよう。

 

 ベッドの上でシーツに包まり体を丸め目を閉じた。

 


 

 翌朝、ジゼルは庭園に出て咲き乱れる花々を見ながら柊の木が植えてある庭園の端にやってきた。最近気が付いたこの不思議な木。トゲトゲしているけれどいつも美しい緑色の葉を付けている。こんな木は見たことがない。オーブリーが言うにはベルトラン様が様々な国で栽培されている植物を持ち帰り植えた中の一つだという。あの公爵家のエントランスにあった古木もそうだろうか?

 

 この世界は広い。けれど、ジゼルが知っている世界はとても狭い。結婚前に住んでいた故郷と、この別邸、あとあの美しい夜の海だけしか知らない。それだけしか知らないジゼルがこの世界で普通に生きようとすると人の二倍や三倍の努力が必要となる。なぜなら魔法が使えないからだ。この世界の仕組みは全て魔法で成り立っている。ジゼルにとって人の協力無くして生きられない。あの冷たい両親にでも、ここまで世話をしてくれたことに心から感謝をしている。


 ジゼルは空を見上げた。

 

 ロラン様と離婚後、ここから出ていったら私は生きてゆけない。なぜ私だけ魔法が使えないのだろう?

 この疑問は幼い頃から何千回も繰り返してきた。

 

 その答えは見つからない。だから幼い頃から空想していた。私はこの世界の人間じゃなくて違う世界からこの世界に迷い込んできた人間。本当の家族は違う世界で私を待っている。その世界は魔法のない世界。そこに私の帰る場所があるんだと。

 

 世界で一人だけ魔法が使えない劣等感。それをずっと抱え続けた私にとってロラン様はあまりにも眩しい人。


 この因習のことは全くわからない。誰も教えてくれる人がいなかった。ただ、私のような魔力のない人間が現れるのは数千年に一度の現象だと聞いた。その時の一番魔力が高い魔法使いと結婚し、最低五ヶ月は一緒に暮らす。月に一度の契り。それ以外何もわからない。それになんの意味があるのか、結婚後どうなるのか、過去の私のような人間がその後どうなったかさえわからない。


 怖い、この先一人では生きられない現実が目の前に近づいている。

 だけどここには居られない。


 不安になっても日々は同じように過ぎてゆく。


 ロランはずっと帰ってこない。

 

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