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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ

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この瞬間を忘れたくない

 ロラン様……。


 ああ、目を細め私の頬に触れるロラン様。

 信じられない。奇跡が起きたの?それとも知らぬ間に眠ってしまってこれは夢の中の出来事?

 

 けれど、私の頬に触れるその指は温かい。

 

 喜びと驚きと戸惑いに頭が混乱している。

 一体何が起きているの?

 

 ロランはジゼルの頬から指を離しゆっくりと体を起こした。そして徐に自らのローブを脱ぎ捨て、結った髪を解き両手で髪を梳かすようにかきあげた。


 ジゼルは仰向けのままその様子を見つめている。

 1ミリも動けない、何も考えられない。まるで全てがスローモーションのように見え現実感がない。けれどこれは夢じゃない。今目の前にロラン様がいる。


 ジゼルはただひたすらにロランを見つめ続けている。先ほどまで感じていた怖いくらいの孤独は消え去り、同じ暗闇であってもこのベッドは今、全く違う意味を持ち始めている。

 

 月光の中のロランはこの世の人とは思えないほど美しく、その瞳はどんな宝石よりも輝いて見えた。ほんの少し前まで遥か遠くに感じていた人が今目の前にいる。

 

 ロランが脱ぎ捨てたローブの防御魔法はジゼルに触れた瞬間にその効力を失い、役目を終えたように床の上に落ちていった。

 ロランはジゼルを見つめたまま胸元のボタンを外した。


 眩しいほど逞しい胸元が見える。その姿に息を呑む。ゴクリという音が何かを期待しているように聞こえ慌てて咳払いをする。何が何だかわからないうちにロランは又ジゼルに近づく。金縛りにあったようにピクリとも動けない。


 どうしよう、どうしたらいいの?

 ジゼルはかろうじて動かせる両手を握り瞬きもせずロランを見続けた。

 

 ロランは仰向けになったままのジゼルを真上から覗き込み額の傷にそっと触れた。

 驚いたジゼルは体を硬直させたがその優しい触りに力が抜け握りしめた手を緩めた。雛鳥を撫でるような柔らかいタッチがくすぐったくも感じ緊張しながらも笑みが溢れた。ロランはそんなジゼルを見て少し口角を上げ手を止めた。


 急激に鼓動が速くなる。


 そんなに見つめられるとどうして良いのかわからない。目を逸らすことができない。いや、逸らしたくない。全ての瞬間を目に焼き付けたい。


 ロランは一旦顔をあげ顔周りに落ちてくる髪を後ろに撫で付けまたジゼルを覗き込む。撫で付けた髪がまた顔周りに落ちる。だがロランはそのままジゼルを見つめた。


 ジゼルの顔の上にもハラハラと落ちてくる金色の長い髪はロランの息遣いに合わせゆるやかに揺れ動く。その様子は形容し難い艶めかしさがありジゼルの心拍数はさらに上がる。

 爆発しそうなほど膨れ上がったロランへの気持ちを必死に押さえ、ジゼルはロランを見つめ続けた。


 ロランは額の傷から耳へと指を滑らせた。

 ゾクゾクするその感覚に身を捩る。ロランのしなやかな指先に全ての感覚が集中する。

 

 胸元が全開になったロランは微笑みを浮かべながらジゼルの首筋に触れる。まるでジゼルの反応を楽しんでいるかのようにゆっくりと肌の上で指を滑らせる。絶対的強者のようなロランの微笑みはどこか野生的で荒々しさがあった。そんなロランを見たのは初めてだが、またそんなロランに心を奪われた。

 

 息遣いが感じられるほど近くにいるロランを見つめ顔が沸騰したように熱くなった。肌に触れるロランの柔らかな指先に心までとろけそうになる。仰向けになったまま両手でシーツを握る。先ほどと違いじんわりと汗で湿ったシーツはこれから起きる何かを想像させた。


 ああ、胸の鼓動がロラン様に聞こえてしまいそう。

 

 ジゼルはその視線から逃げるように顔を背けた。だがロランはそんなジゼルの抵抗を許さない。肌をなぞる指先がジゼルの頬を包み背けた顔を正面に戻す。またロランと向き合った。鼻先が触れ合うほどの距離に息が詰まる。

 

 今目の前にいるロランは普段のロランとは別人のようだ。けれど、この世にロランのような人間は二人といない。これもロラン・ジューベールだ。


 今日のロランは今まで一切なかった恋人同士のような甘い時間をジゼルに与えてくれる。

 これが偽りであってもかまわない。儚い一夜限りの夢であってもかまわない。

 空気のように生きると決めていたジゼルの本心は一度だけでいいからロランとそんな時間を過ごしたいと願っていた。

 

 ジゼルは瞳を潤ませロランを見つめた。ロランは頬に触れた手をジゼルの後頭部に滑らせそのまま抱きしめた。

 

 心臓が爆発しそう!


 ジゼルの緊張は頂点に達し反射的にロランから体を離そうと顔を上げた。しかしロランの腕に力が入りさらにジゼルを強く抱きしめる。


 憧れ続けた人、その腕の中にいる自分。


 想像を超える幸せを噛み締める前に急激な不安がジゼルを襲う。


 この温かさと力強さを知ってしまったらロラン様と離婚したあと一人で生きることに耐えられないかもしれない。この温かさをこの力強さを私は忘れることができるのだろうか?


 考えるだけで悲しみに襲われる。


 どうしよう、ロラン様と離れたくない。

 ロラン様を諦めたくない。

 この腕に縋り付いて離れるのは嫌だと言って泣きたい。


 もう一人は嫌だと!


 思い詰めたジゼルは衝動的に自分を抱きしめるロランの腕を掴もうとした。


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