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この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ
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三ヶ月と十日目の夜

 一体何が起きているのだろう。


 ジゼルは先ほどのロランの態度を考えていた。今までのロランと何かが違う。今日大きな失態を犯したにもかかわらず心まで凍るような冷たい眼差しは一度も向けられていない。言葉こそそっけないが、突き放しながらも突き放されていない。思い込みかもしれないが、それでも暗く沈んだ心の奥底に希望の光が差す。


 あの時、私はシャルロット様の目の前にいて、ロラン様が私の背後から現れた。シャルロット様の姿が目に入ったはずなのに、なぜあの場所で私を抱き上げ連れ出してくださったのかしら?私の姿を見て泣いていたシャルロット様に配慮されてすぐに連れ出したのかしら?

 今頃ロラン様はシャルロット様に謝っていらっしゃるかもしれない。申し訳ないわ。でも、本心を言えば、とても嬉しかった。本当に嬉しかった。


 それにロラン様のおかげでベルトラン様も思い直してくださったようで安心した。ベルトラン様にはいつも穏やかでいて欲しい。

 でも不可解なこともある。私はベルトラン様に魔法を無効にするとお伝えしていないにもかかわらずベルトラン様は医者に診せようと仰った。クレール様に治癒を頼んでいたにもかかわらず、思い出したように仰ったのはなぜ?……ジュベール公爵家の偉人と呼ばれるベルトラン様、私の為に全てを無にしても良いと仰った。もう後悔したくないと仰ったその理由を知りたいけれど、あの悲しそうな眼差しを見たらとてもお聞きすることが出来ない。

 わからないことが沢山あるけれど、唯一わかっていることは、この結婚で誰一人幸せになった人はいない。

 私がいる限りこんなことは繰り返し起きる。ロラン様との関係がほんの少し変化した今日。このままここにいたらもっともっと変化するかもしれない。ここにいたい。でもこれ以上迷惑はかけられない。


 ロラン様から離れよう。


 ジゼルは荷物をまとめようとカバンを取り出した。ボロボロのカバン。ここに来た時唯一持っていた持ち物だ。

 あの時、かばんの中に入っていたのはわずかなお金だけ。贈り物一つ買えずペラペラのカバンが本当に恥ずかしかった。けれど今手にしているあのカバンは膨れ上がっている。その中身はお金でも宝石でもドレスでもなく、毎週届く新聞記事の束。ここに置いて行くわけにいかない。魔法が使えたら先ほどのロラン様のように炎で燃やしてしまうのに。

 でも悪意に満ちた記事を読み涙を流す日々は終わる。私が去ればここに届くこともないだろうから。


 ジゼルはボロボロのカバンと古いドレスをクローゼットの隅に置いた。持ち物は来た時と同じ、これだけだ。


 ロラン様が帰ってきたら出て行くと話をしよう。その後神殿に行き事情を話し、納得していただけるかわからないけれど契りのために月に一度だけここに戻りそれを三度繰り返せば…


 ロラン様とシャルロット様はようやく幸せになれる。


 けれど私は……。


 ジゼルはソファーに腰掛けこの先の人生を考えた。

 

 この結婚が終わった時、神殿を出てどこにゆけば良いのか、どう生きたら良いのか、そもそも生きて行けるのか不安になる。

 世間から憎まれ嫌われたジゼルが、魔法も使えないジゼルがこの世界で生き続けられる確率は低い。ここに来た時も、ここから去る時も何一つ変わらぬ孤独な人生。だが、ロランへの恋心を引きずって孤独のまま生き続けることの方が過酷に思える。誰もいない森に住んで狼に襲われたとしてもその方が良い。この苦しみから抜け出せるのならば。

 

「ジゼル様!!」

 

 ドアの向こうからジゼルを呼ぶ声が聞こえた。先ほどのメイド達だ。

 ロランが出かけたことを確認したメイド達が心配してきてくれたのだろう。ドアを開けるとメイド達はジゼルの姿を見て泣き出した。


「ジゼル様!よくご無事で…」

 

メイド達は朝出かけて行ったジゼルが血まみれになって帰ってくるとは思いもよらず、何があったのかわからないなりに察するものもあった。

 理不尽なイジメに遭ったのかもしれない。いまだにジゼルは新聞をにぎわせている。一部の貴族や平民が好んで読む三流記事は面白おかしく嘘ばかり書いてある。だが、それが嘘だと分かるのはここにいる人間だけ。ジゼルを知る前は本当に悪女だと思い、憎んでいた。けれども世間から悪女だと思われているジゼルの本当の姿を知り、自分たちが間違っていたと気がついた。真の姿を見ようとしなかった自分たちを恥じた。そしてジゼルの痛々しい姿を目にし、あまりの仕打ちに泣き出したのだ。


 泣きながらジゼルの手を握るメイド達。その温かい手から心に伝わる想い。ジゼルは今朝のお礼と折角綺麗にしてくれたのにこんな姿で帰って来たことへの詫びを伝えた。メイド達は首を振り、泣き続けた。治療の時に泣いていたエミリーもまた泣き始めジゼルは声をかけた。

「もう痛みはないし、大丈夫よ。皆がそんなに泣くとまるで私が苛めているようよ。やはりジゼルは悪女だと言われちゃうわ」ジゼルは笑顔を浮かべた。その一言にエミリー達は笑い出し、ようやくメイド達は笑顔を取り戻した。

 

 

 メイド達は敬愛する主人(ロラン)のことを考えた。ジゼルのことをどう思っているのかわからない。けれどあまり感情を表さない主人(ロラン)がジゼルのことになると感情を爆発させる。そんな姿を初めて見た時は驚いた。だが、一見冷たく見える主人(ロラン)が人間らしく感じどこかホッとした。ジュベール公爵家次期当主で大魔法使い、完璧な主人(ロラン)が人間らしい感情を出せる唯一の相手はジゼルだけだ。

 

 その夜、メイド達や使用人達はそれぞれジゼルに対し思っていることを話した。ジゼルは悪女じゃない。誰よりも優しく、温かい人。今までジゼルに対し行ってきた態度を反省しこの先何が起きようともジゼルを守り支えようと団結した。オーブリーはこの屋敷の人間がジゼルの本質に気がつけたことを喜んだ。

 その夜から別邸に仕える人間の意識はガラッと変わった。

 


 

 夕食の時間になりエミリーが食事を運んでくれた。


 その食事は、温かかった。


 ここに来て三ヶ月と十日目の夜だった。


 

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