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この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ
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一人の時間



 華やかなお茶会は続いている。


 ベルトランは少し席を外すと言って立ち上がった。ただ、ジゼルを一人にする事は出来ないと腹心の部下モルガンを呼び出しジゼルの警護を命じた。


「ジゼル、ワシの信頼できる部下モルガンだ。」

 モルガンはジゼルに頭を下げた。

 

 ジゼルはベルトランの隣に立つモルガンを見るなり申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ベルトラン様、お気持ちは嬉しいのですが、警護は必要ありません。大丈夫です。モ、モルガンもわざわざごめんなさい」

 

ジゼルはベルトランの気持ちに感謝しつつその申し出を断った。その理由は二つある。

 

 一つ目はシャルロットの存在だ。王族のシャルロットでさえ付き添う人間は女官一人だけ。騎士は連れてきていない。大魔法使いロランがシャルロットをエスコートしている時点で騎士は必要無いと誰もが分かっているが、悪女と呼ばれるジゼルがシャルロットを差し置き警護をつけるなど絶対に出来ない。


 二つ目はモルガンの半端ない存在感。彼の放つオーラは周りを圧倒する。ベルトランがジゼルの警護にモルガンを選んだ理由も一目瞭然だ。服の上からもわかる程のガッチリとした体つきに、見るものの心臓を射抜くような鋭い眼光、ジゼルへの悪口が彼の耳に入ったならどんな仕打ちを受けるのか想像するだけで身震いがする。彼の前では口を閉ざすことが賢明だ。


 そんなモルガンが側に立っていれば、たしかに悪口を言う人は居ないだろう。しかし和やかなお茶会の雰囲気を壊す事は容易に想像できる。

 

 申し出を断ったジゼルを不服そうな表情を浮かべ見つめるベルトランに対し、心配してくれるその暖かい気持ちだけで十分だと伝えた。それでもベルトランは渋ったが、ジゼルは大丈夫だと言ってベルトランの手を握り何かあれば大きな声でベルトランを呼ぶと言って笑顔を見せた。


 心配するベルトランに配慮するような控えめな笑顔。

ベルトランはジゼルの性格を理解している。どんな状況に陥ってもそんな事をしないとわかっている。わかってるだけに心配するが今回はジゼルの気持ちを尊重することにした。

 近くにいた使用人の一人に監視させ何かあれば直ぐに対応するよう指示しベルトランは席を立った。


 ジゼルはベルトランを見送り静かになった円卓テーブルに並べられている美しいお茶菓子を見つめた。見たことのない華やかで美しいお菓子。ジゼルのような底辺の貴族や平民は口にすることも出来ない高級品だ。

 

 手をつけていないこのお菓子を今朝のお礼に、メイド達に持って帰ってあげたい。お茶を飲みながら一緒に食べることが出来たら……。


 今朝心配そうに馬車を見送ってくれたメイド達の顔が浮かぶ。ただ、メイド達と仲良くお茶を飲む姿が露見したら貴族として恥ずかしい行為だと言われ、結局ロランにも迷惑をかける。そう考えると持って帰る勇気も、一緒に過ごす勇気も「ロランに迷惑をかける」という言葉に打ち勝つことが出来ない。


 

 少し離れた場所にいるロランはシャルロットを相手しながらも何度もジゼルに視線を向けていた。

その瞳は何かを語っている。ロランがジゼルに伝えたい正確な言葉はわからないが、「早く立ち去れ」と言っているように感じ視線を交わすたびにジゼルの気持ちは下がっていった。

 

 ロラン様はきっと怒っている。ベルトラン様の隣に座り公爵家の嫁として扱われている私をもう絶対に許さないだろう。


 ただ、私を見るロラン様の瞳はいつも通り感情を表している。感情に揺れるその瞳は私の心を揺らす。

その瞳にホッとする気持ちも否めない。だけど私の存在がロラン様の感情を乱している。それは事実。そう思うとロラン様に申し訳なく本当に辛い。


 ジゼルの心に鋭くも鈍い痛みが走る。まるで心臓に棘が刺さった様な痛み。鋭利な刃物で斬られる痛みとは違いじわじわと肉に食い込んで行く様な重い痛みだ。

 ロランとシャルロットの穏やかな幸せを奪った現実を突きつけられている今、苦しくて息ができないほどの罪悪感に心がもがく。もがけばもがくほどその棘は深く突き刺さり心臓が止まる日が来るのかもしれない。

 ジゼルは胸に手をあて瞳を閉じた。

 

 そうなれば楽なのに……。


 

 ジゼルは瞳を開け遠くで談笑している貴族たちを無意識に見つめながらロランとシャルロットの姿を思い出していた。

 

 ……シャルロット様はロラン様の頬に触れ抱き合っていた。お二人は恋人同士で、手を握り合う事も抱き合うことも当たり前な関係。私がロラン様に触れる唯一の機会は月に一度だけ。


 この間の契りは……本当に悲しくて申し訳なくて、辛かった。

 

 思い出すだけで心に暗雲が漂い息苦しくなる。


 その原因の一つはこのお茶会だった。

結局私はお茶会に参加しシャルロット様を悲しませた。ロラン様が懸念していた事を全て現実に変えてしまった。いえ、それ以上に目立ってしまいロラン様は私を憎く思っているのかもしれない。そんな関係になっても月一度の契りは結ばなければならない。


 辛い、好きな人に嫌われて憎まれて、それでも肌を重ね合わせなければならない現実。

ロラン様は大嫌いな私に触れたくないはず。


 ジゼルは俯き唇に触れた。


 ……私たちは一度もキスをした事がない。


 一番簡単な愛情表現をしてくれない理由は明らか。簡単だからこそ絶対にしない、あなたを愛する事はないと言ったロラン様の強い意志。

 

 考えれば考えるほど心が底なし沼に引きずり込まれる。

 

ジゼルは気持ちを落ち着かせようと両手を合わせ指を組んだ。


 どうしよう、次の契りを考えるだけで虚しさと苦しみで心がバラバラになりそう。


 抱かれるたびに愛されていない現実をあと三度も受け止めなくてはならない。


 残り三ヶ月。この結婚が終わるまで、私はどう生きれば良いのだろう?

 

 ジゼルは組んだ指に力を入れた。骨と骨がぶつかり合い指先が赤くなる。さらに力を込めると鈍い赤色に変化してゆく。血流が止まり死んだように冷たくなった指先を見つめ力を解放する。血が通い指先が熱くなった。どんなに辛くても今、生きているのだと実感する。


 ジゼルは大きく息を吸い込み深呼吸した。


 耳をすませば心臓の音が聞こえる。どんなに辛くても私は生きている。

だからどう生きるかを考えるよりロラン様の幸せを考えたい。

 

 私がロラン様の為にできることはやっぱり一つだけ。


 この結婚が終わるその日まで、今まで以上に空気になり、煙が大気に溶け込むように静かに去る(消える)こと。


 それだけが唯一ロラン様の為に出来る事だわ。

 

 ジゼルは唇を結び覚悟を決めた。残り三ヶ月、精一杯私ができる事を頑張ろう。


 ジゼルは顔を上げロランに視線を向けた。


 ……ロランが居ない。

 先ほどまでいたロランはいつの間にか席を立っていた。


 ジゼルは視線を下げロランが腰掛けていた椅子を見つめた。

 シャルロット様と一緒に何処かにいったのかしら?ジゼルはシャルロットの方に視線を傾けた。


 シャルロットはジゼルを見ていた。目があった瞬間両手で顔を覆った。


「図太い神経をお持ちなのねぇ」


 ジゼルはその声にハッとした。数人の令嬢がシャルロットの周りに集まりジゼルを蔑むように見ている。その中の一人が放った言葉に令嬢達は頷き、敵意を露わにした視線を向ける。急激に変化したその状況にジゼルの体は動きを止める。まるで金縛りにあったように体が動かなくなった。

 見ず知らずの人間から突然向けられる憎悪が込められた視線。恐ろしいほどの圧迫感から逃れるようにジゼルは生唾を飲み込み震えそうな両手を握りしめた。


 目を逸らすことのできない張り詰めた緊張感がジゼルを襲う。


 シャルロットを中心にして五、六人の令嬢が左右に分かれシャルロットを守るように取り囲み、ジゼルを指差しクスクスと笑いはじめる。


 ジゼルはこれから起こる事態に備え奥歯を噛み身構えた。


 覚悟してここに来たのだから耐えるのよ。


 震える自分に言い聞かせた。

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