邪魔者はどっち?
ベルトランはジゼルの震える手を強く握りしめ、泣き出しそうなその顔を見つめた。
「ジゼルにはワシがいるぞ」
穏やかで力強いベルトランの声。その裏にはジゼルへの愛情が溢れている。ベルトランはジゼルの手を再び握りしめ、もう見なくて良いと言うようにゆっくりと歩き出した。
ああ、ベルトラン様!
ジゼルは目頭が熱くなった。ベルトランの優しさは乾いた心に潤いを与える。
今日二回目の嬉し涙。悲しい涙は我慢できるが喜びの涙はやはり我慢ができない。花で顔を隠し指で涙を拭う。ここにメイド達がいたらお化粧をし直すと言うだろう。ジゼルは別邸での嬉し涙も思い出しさらに涙が溢れた。
こんな私にも心配してくれる人達がいる。
湧き上がる喜びが悲しみを追いやり震えが収まった。
もう大丈夫。
ジゼルは顔を上げベルトランに笑顔を向けた。その笑顔は周りをふわりと包み込むような柔らかい笑顔でジゼルが笑うと手に持っている花々も一層輝いた。
ベルトランはその笑顔を見て立ち止まりジゼルの耳元で驚くべき発言をした。
「ジゼル、私はこのお茶会の主催者で正式にジゼルを招待した。が、あの姫は招待していない。主催者が自らエスコートするジゼルと招待されていないお姫様。本当の邪魔者はどっちかな?」
ジゼルはその言葉に飛び上がるほど驚いた。ベルトランはその様子を見て楽しそうに笑う。
冗談……?
ジゼルは目を丸くしベルトランを見るとベルトランはニヤリと笑いジゼルにウィンクをした。
ベルトランのチャーミングなウィンクはさらにジゼルの笑顔を誘う。
……温かい。先ほどの言葉の真偽はわからないけれど、今はこの温かさに包まれたい。
一人じゃない。ベルトラン様がいてくれる。私を邪魔だと言わないベルトラン様。私を尊重してくれる大切な方。その優しさが温かさが私の心を癒してくれる。
ベルトランはジゼルが落ち着いた様子を確認し再び移動し始めた。二人の姿に注目していた貴族も我に返りそれぞれの席に移動し始めた。
ロランはベルトランが移動し始めたと同時にシャルロットから離れ、その手を取り移動を始めた。
ベルトランはジゼルを円卓テーブルまでエスコートし、自らもその隣に腰掛けた。その様子を見ていた貴族達が騒めきたった。
主催者であり、ジュベール公爵家の偉人であるベルトランの隣は妻のサラが亡くなって以来ずっと空席だった。その特別な場所にジゼルは案内されたのだ。
周りはどよめき皆ジゼルに注目した。ジゼルはそのどよめきに驚き慌てて辞退したが「ジゼルは私が認めている」と言い有無を言わせない。
ベルトランとジゼル二人だけでその円卓は誰も腰掛ける様子はない。現ジュベール公爵のロランの父とロランの母、そしてロランとシャルロットが少し離れた場所に腰掛けている。その他の貴族達もそれぞれテーブルに着いた。
ジゼルは五メートルほど離れた場所にシャルロットと共に腰掛けているロランの顔が見られなかった。ロランの顔どころか、会場の全員がジゼルに注目していることがわかった。
ベルトラン様はなぜこの大規模なお茶会に私を招待したのだろう?そして先程の発言。
シャルロット様を招待していないと仰った。飛び上がるほど驚いたけれど、どういう意味?なぜ王族のシャルロット様は上席に案内されないの?私の方が上席などありえないのに。
それに、シャルロット様を邪魔者と仰った。招待していないのに勝手に参加している?あの日ロラン様はシャルロット様をエスコートすると仰った。招待していないのに?
一体どう言うこと????
この状況に戸惑い考え込んでいるジゼルを優しい眼差しで見つめていたベルトランは使用人を呼び、ジゼルが持って来た花を一番目立つテーブルの真ん中に生けさせ招待客を見た。
さあ、今からが見ものだ。
この花々が放つ温かなオーラはこの先私達がこぞって求める物になる。魔法では絶対に作り出せない有機的な暖かさ。これは魔法を持たないジゼルだけが持つ特別な力。気がついた人間こそジュベール公爵家が付き合うべき人。
このジュベールに必要なのはジゼルなのだ。これは理屈じゃない。ジュベールの長い歴史の中で受け継がれた感覚が、本能がジゼルを求めている。ロランにも必ずわかるはずだ。
ジゼルは魔法が使えない。誰かが守ってあげなければこの世界では生きて行けない。だから仲間が必要なのだ。ジゼルの価値がわかる人間は必ずジゼルを大切にし、信頼できる仲間となる。その為に今日ジゼルを招待したのだ。
ジゼルはこの世界でただ一人の特別な存在。
テーブルに置かれた花は瑞々しい芳香を湛え、その周りの空気を変えていった。人々は自然と笑顔になりジゼルに注目していた人々は穏やかに周りの人間と談笑を始めた。
その中でベルトランの考えが伝わったかのように一部の貴族達がベルトランとジゼルの周りに集まり出した。
ベルトランの意図がわかった貴族達はこれからの時代は魔法に頼るのではなく人との温かい繋がりや、有機的な温かさを求めるようになると悟ったのだ。魔法の便利さに慣れ済ましていたことにどれほどの弊害が起きているのかを悟り、その些細な違いをこの花を通じ気が付きジゼルの存在の大きさがわかったのだ。
ただ、ジゼルは人との関わりに慣れていないように見えた貴族達はジゼルを緊張させないように最小限に関わることにした。
貴族達は丁寧にジゼルに挨拶をし、ジゼルも戸惑いながらも挨拶を交わした。
ベルトランはその様子を見て頷く。ジゼルに気を遣わせないように円卓に誰も座らせなかったが、貴族たちはベルトランの気持ちを理解していた。
程なくし、この状況に慣れてきたジゼルを見てベルトランは挨拶に来た貴族達に椅子を勧めた。
ジゼルの本質を見抜いた貴族達はジゼルに温かい眼差しを向けながら話しかけ、ジゼルも嬉しそうな笑顔を向け会話を始める。
その様子を見てベルトランは満足そうに笑った。
温かい時間がジゼルを癒す。ベルトランが滞在した一週間を思い出させるような優しい時間。
まさかこんな温かい歓迎を受けると思っていなかったジゼルはベルトランの優しさに心から感謝した。
けれども。
そんな中でもジゼルはロランが気になっている。
私が現れたことでシャルロット様を悲しませてしまった。きっとロラン様は怒っている。
ジゼルはできるだけロランの方を見ないようにしていたがそれでも気になりロランの方を見た。
「あ!」
目が合った。
ジゼルはもっと嫌われてしまうと思いすぐに視線を逸らし自分の手元を見つめた。




