矛盾する気持ち
二人の姿を見ている貴族達は息を飲んだ。絵になる二人の心震えるシーンは招待客全員の視線を集めている。
ジゼルも例外では無い。二人が抱き合う姿など見たくはないが、確認せずにはいられない。傷つくとわかっているのに見ない勇気が持てない。
ジゼルは二人を見た。
ロランは頬にあてられたシャルロットの手首を掴み覗き込んだ。長い髪がサラサラと顔まわりに落ち表情を隠す。ジゼルはその髪のしなやかな感触を思い出し唇をかたく閉じた。
複雑な心境。今は思い出すべきことではない。
「抱きしめて」と言ったシャルロットに対しロランの口元が動いた。
髪が邪魔をしはっきりと見えないが短い言葉を呟くように言った。
聞こえないだけに想像が膨らむ。
「愛している」と答えたのだろうか?
想像するだけでこの場から逃げ出したくなる。
ロランは顔を上げシャルロットの手を離し顔にかかる髪をゆっくりとかきあげた。その姿は心を整える儀式のように見えジゼルはうっすらと違和感を覚えた。
髪をかきあげたロランに対し、シャルロットは倒れ込むようにロランの胸に頬を当てその背中に両手を回した。
ロランの表情を隠していた髪は耳にかけられ、彫り深い美しい顔があらわになった。
ジゼルはその様子を見て体に緊張が走った。ロランの表情を見たい。けれど怖い。
またもや対極にある感情がぶつかる。愛溢れる表情をしていたらと想像するだけで悲しみに胸が押しつぶされそうになる。
先ほど見た驚きに揺れる青い瞳、今はシャルロットへの愛で輝いているのだろうか?
それとも愛おしさに揺れているのだろうか?
考えるだけで心が凍りつく。
けれど、それでも確認したい気持ちがジゼルの視線を支配する。
ジゼルはロランの瞳を見た。
……何かが……
……違う。
ロランの瞳に違和感を感じる。
でも、見間違えかもしれない。
目を凝らしもう一度ロランを見つめた。
シャルロットを見つめる青い瞳はジゼルの想像と違い溢れる情熱や深い愛情の輝きが見えない。
なぜ?どうして?
ジゼルはロランを見続ける。
ジゼルの知っているロランは、言葉こそ少ないが瞳で感情を表す。その瞳から気持ちを推し量り右往左往するのだが、シャルロットに向ける瞳は感情の色が見えない。
喜怒哀楽を語るあの瞳は氷のように冷たい時も感情が溢れていた、が、今は全くその片鱗さえ見つからない。冷たくも暖かくもない。極めて冷静な瞳。
感情に揺れることのない静かな湖を彷彿させるその瞳は全くの別人に思えた。
ジゼルの頭の中は疑問で埋め尽くされた。
どちらが良いと言うわけではない。けれどもジゼルにとってロランの瞳は衝撃だった。
私の知っているロラン様と、シャルロット様を見つめるロラン様は全くの別人に見える。
感情に溢れるあの瞳は冷たく輝いても私の心を掴んで離さない。だけどシャルロット様を見つめるあの瞳は感情が見えない。
なぜ?どうして?
私がロラン様の感情を掻き乱してしまっているから?
だから私に向ける瞳は感情的なの?
……普段のロラン様は感情を表さない?
でも、
どちらにしてもロラン様はシャルロット様を愛しているし、私は嫌われている。
どんな瞳を向けてもその事実は……変わらない。
掴みどころのない悲しみが目の奥ではじけそうになる。ジゼルは花束を持つ手に力を入れ支えてくれたメイド達を思い出し、大丈夫と呟いた。
二人の姿を悲しげに見つめるジゼルを見て、ベルトランは顔を顰めた。
ジゼルの登場を邪魔し自ら注目を浴びるシャルロットは自分の立場を忘れたように見える。
ジュベール公爵家のお茶会で私の招待客を晒し者にするとは……。
ベルトランはシャルロットを睨みつけた。
「ロラン……」
シャルロットは沈黙するロランの名を呼び、早く抱きしめてといわんばかりに上目遣いに見つめた。貴族達が注目する中、ロランはシャルロットを抱きしめた。
ロランの表情は見えない。
貴族達は抱き合う二人の姿に瞳を潤ませた。悲恋という言葉に誰もが酔っているような状況だ。それほどまでにロランとシャルロットの恋愛は関心が高くジゼルに対する敵意は強い。
ジゼルは抱き合う二人の姿に打ちのめされた。
二人が抱き合う姿など……やはり見たくなかった。見なければよかった。
後悔が嵐のように押し寄せる。胸を矢で撃ち抜かれたような強い衝撃と痛み。この痛みを覚悟していたが、そんな覚悟は一瞬で吹き飛んだ。
ジゼルは二人から視線を背け俯く。全ての感情が悲しみの波に飲み込まれる。目の前が涙でぼやけ、唇が悲しみに震える。だが、泣くわけにいかない。こんな場所で泣いたりしたらベルトランにもロランにも迷惑をかけ、面白おかしく騒がれるのが目に見える。
ジゼルは震える唇を噛んだ。
痛い。でもこの痛みで悲しみが遠ざかる気がする。
ロラン様は私を見てどう思ったのだろう?注目を浴び、お二人に辛い思いをさせ、シャルロット様を泣かせてしまった。
それなのに抱き合う姿を目の当たりにし、私も……自分を保つことが難しい。
自分勝手な私……。
どうしよう、身体が言う事を聞いてくれない。膝が折れ崩れそう。
身体が小刻みに震えベルトランの手に置かれている指先も震え出した。