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【書籍化決定】この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ

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シャルロット


 会場は騒ついている。

 

 主催者であるベルトランが女性をエスコートしている。あの女性は一体誰だと皆一斉に注目した。ベルトランが自らエスコートする女性は後にも先にも亡き夫人以外いなかった。それが余計に皆の興味をそそる。そのうち誰かがあの女性は噂の悪女ジゼルだと言い、騒めきが一層大きくなった。


 予想以上の注目を浴びジゼルは花で顔を隠し凌いでいたがふいにロランの視線を感じた。ロランの視線は不思議とジゼルにわかる。

 騒めく気持ちと、ときめく気持ちを天秤にかける。ロランに迷惑をかけていると自覚しながらもロランを一目見たい気持ちが勝る。


 ほんの少しだけ目に映すことをお許しください。


 心の中で詫びを入れ勇気を出し花の隙間から見る。


 ロランはジゼルを見つめていた。


 正装姿のロランは輝くほど美しく長い髪は片方だけ耳にかけられており彫刻のような完璧に近い輪郭が髪の曲線と相まってロランの色気を倍増させている。見る者を惚れ惚れさせるその魅力はこの状況のジゼルさえ虜にさせた。

 

 ロラン様が私を見て下さっている!


 喜びに心躍り周りの雑音が消えた。しかし、ジゼルを見つめるロランの瞳は驚きと戸惑いに揺れていた。その瞳を見て重苦しい感情が体を覆う。

 

 ……ロラン様に迷惑をかけている。


 先ほどの喜びが罪悪感に変わり重苦い胸の痛みを呑み込む。ジゼルはロランから視線を逸らし目の前の花を見つめた。


 複雑な心境。罪悪感を感じつつもロラン様の姿を見て安堵している自分がいる。誰も知らない場所、私を悪女だと言う人々がいるこの場所で気持ちを和らげてくれるのはベルトラン様とロラン様だけ。けれど私が現れたことでロラン様を苦しめている。私の存在はロラン様にとって、


 突然刺すような鋭い視線がジゼルを貫いた。


 なに?!


 背筋に戦慄が走る。負の感情が凝縮されたその視線はジゼルの思考を止めた。

 怖い。誰がこんな恐ろしい視線を向けるの?ジゼルは恐る恐る花の隙間から視線を辿り目を見開いた。


 

 ロランの隣に立つ女性。


 透けるような透明感ある美しい肌に大きな青い瞳、それを覆い隠すほど長い艶やかな睫毛は濡れその端から光の粒がこぼれ落ちる。華奢な体を覆うように下ろされている金色の髪は緩やかなウェーブを描き、そこに落ちてゆく光の粒は真珠の髪飾りに見えた。


 まるで物語の一ページのような光景。先ほどの視線と最も遠い場所にいるような美しい女性。

 

 上品な口元はぎゅっと結ばれジゼルと目が合った瞬間ロランの胸に顔を埋めた。

 

 この美しい女性がロランの愛するシャルロット姫。



 ジゼルは驚きのあまり息が止まった。先ほどの視線はシャルロット様?!

 ……そんなはずが無い。こんなに美しい方があんな視線を向けるなど考えられない。

 ジゼルは深呼吸し、改めてシャルロットを見た。


 ロラン様の大切なシャルロット様。

 悪女と呼ばれる私と違い、身分も美貌も……ロラン様の隣にいても全く見劣りすることのない美しい姫。私など……何一つシャルロット様には敵わない。私がロラン様に愛される理由など何一つ見つからない。

 

 王室の薔薇に相応しいシャルロットの姿を見てジゼルは心掻き乱された。目の前の風景が色をなくしロランとシャルロットを鮮やかに浮かび上がらせる。


 まるで二人だけの世界。誰一人入り込む余地も無い。


 言いようのない悲しみが喉を締め上げる。初めて会った日に言われたロランの言葉を思い出す。


「私には愛する人がいる。あなたを愛することはない」


 花に顔を埋め涙を呑む。この状況を想像しなかったわけでは無い。

 だが現実は想像よりも心を抉る。

 

 ジゼルは平常心を取り戻そうと花の香りを吸い込んだ。甘い香りが青ざめた心に届く。

 大丈夫。今日は皆が送り出してくれた。心配してくれている人がいる。覚悟して来たのだから前を向ける。


「シャルロット様が悲しんでいらっしゃる!」


 誰かが声を張り上げた。

 

 皆一斉にロランの胸に顔を埋め泣き出したシャルロットを見た。涙に肩を震わせるシャルロットの姿は見ている者の心まで震わす。貴族達が騒ぎ始めた。


「ロラン様を奪った悪女がいるからよ!」


 ベルトランが傍にいるにもかかわらず誰かがジゼルを批判した。

 

 ベルトランは立ち止まりシャルロットを見た。そして周りの貴族を見た。その表情は険しい。

 貴族達はすぐに口を閉じ何事もなかったかのように周りと雑談を始める。

 

 一方ジゼルは自分を批判する声を聞き動揺した。

 ロランと結婚が決まった時から止むことのない批判の声。死にたくなるほど追い詰められた悪意は今もジゼルを傷つけ前向きになろうとした気持ちと自尊心を一瞬にして消し去った。


 敵うわけがない。

 これが現実。

 私はロラン様から嫌われている存在。


 どんなに頑張ってもロラン様にとって邪魔な存在でしかない。あの日仰った「シャルロットを悲しませる」という言葉。その通りになってしまった。


 ごめんなさい。私が、私のような人間がシャルロット様を悲しませてしまった。

 

 ジゼルは目線を下げた。

  

 

「ロラン、ロラン……」

 

 シャルロットが顔を上げロランを呼んだ。その声は涙に震えている。


 シャルロットの声は周りの人間の同情心を煽る。貴族達はベルトランの手前大っぴらにシャルロットを見ないがその表情は二人の悲恋を共に悲しんでいるように見える。


 注目を浴びているシャルロットは溢れる涙をそのままにロランを見上げ頬に触れた。その美しくも悲しい光景は見る者を虜にする。ロランとシャルロットの悲恋を描いた演劇のようなシーンだ。


 一方ロランは胸の中で泣くシャルロットの肩に手を置き俯くジゼルを見つめていた。言葉で伝えられない何かをその瞳が語っているように見える。



 シャルロットは微動だにしないロランの頬を愛おしそうに撫でながらハラハラと涙を流し、湿り気ある声でロランに言った。


「ロラン、辛いの……。抱きしめて……」 

 


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