お茶会へ
公爵家のパーティーが一週間後に迫った頃ベルトランからプレゼントが届いた。
美しいドレス一式とアクセサリーだ。
そこにはメッセージが同封されており「私が招待したのだから堂々と公爵家にくるように」と書かれていた。
庭園の花を持ってきて欲しいとも書いてあった。そして、迎えのジュベール公爵家の馬車に乗って来るようにと。
ジゼルはため息をついた。
どうしたら良いのだろう?
ロラン様は妻としてノコノコと出かけてゆく私をどんな気持ちで見るの?
シャルロット様は私をどんな気持ちで見るのだろう?
お二人に申し訳なくて本当に辛い。なぜベルトラン様は私を招待したの?
……怖い、行きたくない。
でももう断ることもできない。
ロラン様とはあの日以来まともに話せていない。いえ、元々まともに話せていないのだから今までと同じ、……あの二度目の契り以降もっと距離を感じるようになった。
お茶会当日、ロランは何も言わず出て行った。
ジゼルは朝早くから起き、入浴を済ませプレゼントのドレスを見つめため息を吐いた。
ロランとシャルロットを応援しているメイド達がジゼルの支度を手伝ってくれるはずが無い。
こんなに素敵なドレスを着ても化粧品はリップ一つだけ。
アクセサリーが素敵でも髪を上手に結い上げる自信がない。
けれど、もうやるしかない。
ジゼルは一人でドレスに着替え始めた。すると何処からか一番若いメイドが現れ手伝い始めた。「……ありがとう」ジゼルは戸惑いながらそのメイドに礼を言うとそれを見ていた違うメイドも手伝い始めた。「ありがとう、とても助かるわ」ジゼルは驚きながらそのメイドにも礼を言った。するとまた違うメイドが現れジゼルを手伝い始め、最終的に邸宅にいるメイド全員でジゼルを仕上げてくれた。
「ジゼル様、お化粧品は私達のものを使って良いでしょうか?」
着替え終えたジゼルにメイドが声をかけた。
「……ありがとう」
ジゼルはまともな化粧品さえ持っていないことを恥ずかしく思った。
メイドですら持っている化粧品。それさえ持っていない人間がロラン様の妻など……情けなく、恥ずかしく心底自分が嫌になる。
ジゼルは苦々しい表情を浮かべ唇を噛んだ。
初めてここにきた日、ボロボロのドレスに古びた鞄、唖然とした顔の執事。忘れたくても忘れられない。
結婚しても何一つ変わらぬ自分。
ロランから毎月貰っている金は手をつけていない。離婚するときに全て返すと決めている。庭園で作った薬草を売りお金を稼いでいるが、買える物はたかが知れている。自分を着飾るものを買うよりも生活に必要な品を買い化粧品など買う余裕は無い。
ジゼルは膝の上で重ねている両手を見つめた。
手は荒れ、爪は短く指先にささくれもある。今どきメイドだってこんな手はしていない。
ジゼルは不意にシャルロットの香水の香りを思い出した。
やはりロラン様の隣に似合うのは華やかで誰もが憧れるシャルロット様。そんな方を見ているロラン様が私のような女に興味など湧くわけがない。ましてや自分を着飾ることもできない惨めな女など……。
ジゼルは着替えたドレスを見つめた。
薄いミントグリーンのシルク生地に花の刺繍が施されている。見るからに高価で品ある美しいドレスだ。窓からの光がシルクの滑らかな光沢をより際立て刺繍の金と銀の糸がキラキラと輝いてる。この荒れた手とこのドレスがどれほど不釣り合いなのか誰が見てもわかる。
きっと私とロラン様も同じ。
ただ幸いなことに手はグローブをつける。けれど私自身は隠すことができない。だから少しでも見られるようにしなければ……。
ジゼルはドレスの刺繍を指でなぞった。
何も持っていないことは恥ずかしい。だけど何もしなかったらもっと恥ずかしい。メイドの皆はこんな私に手を差し伸べてくれた。恥など捨てて助けてもらおう。
「……お化粧品、何も持っていなくて……本当に恥ずかしいわ。でも、ベルトラン様やロラン様に恥をかかせたくないの。皆さんの力を貸してください」
恥ずかしさに顔を赤らめジゼルは俯いた。メイド達はジゼルの素直な言葉を聞き皆ジゼルの周りに集まった。メイド達は膝を折りジゼルの手を優しく握り微笑みかけた。
「ジゼル様、大丈夫です。恥ずかしいことなど何もありません」
一番最初に手伝ってくれた若いメイドが言うと皆頷きジゼルの手を強く握りしめた。
そこから愛情が伝わる。
握られた手の温かさが強張った体をほぐし、カラカラに乾きそうだった胸の中を潤いで満たす。ここに来て三ヶ月、ようやくメイド達と通じ合えたその喜びがジゼルを笑顔にさせた。
メイド達は笑顔のジゼルを見て安堵し、それぞれが持ってきた化粧品をテーブルに並べ明るい声でジゼルに話しかけた。
「ジゼル様はお化粧などしなくても肌はきめ細かいですし、ほんのり色づいた頬と唇はまるで春の桜のようなお優しい色です。それを生かす様にほんの少しだけお化粧をしますね」
先ほどの若いメイドがジゼルの素材を活かした化粧をした。
「ジゼル様いかがでしょうか?」メイドがジゼルに手鏡を渡した。
鏡を見たジゼルは美しく仕上がった自分の顔を見て喜びと共に感謝の気持ちが胸に広がった。
「皆さんありがとう。とても嬉しいし本当に感謝します」
応援してくれる人がいる。その存在が不安に揺れる心を落ち着かせ、存在を認めてもらえた喜びが力をくれる。
折角ベルトラン様が招待してくださったのだから笑顔でご挨拶できるように頑張ろう。
ジゼルは立ち上がり胸に手を当て深呼吸をした。
大丈夫。きっと今日は上手くいく。
メイド達はいつからかジゼルを心配し見守っていた。
最初こそ皆ジゼルが嫌いだった。主人であるロランとその恋人シャルロットの仲を引き裂く図々しい女。そんな噂を信じていた。しかし本当のジゼルは控えめでロランに迷惑をかけないように気を遣いながら生活をしている。メイドにも気を遣うジゼルは噂の悪女では無いと分かった。
それなのにロランに終始冷たくされ、無視され続けるジゼルが不憫に思えたのだ。
今日も朝からロランに無視され、妻という立場なのにベルトラン以外誰一人認めていない場所に一人で出かけるジゼルを心底心配している。
メイド達にできるのはそんなジゼルを誰よりも美しく仕上げることだった。
だから全員が力を合わせてジゼルを応援したのだ。
ドレスを着て髪をセットし化粧をしたジゼルは目を引くほど美しかった。
伏し目がちなジゼルの表情は奥ゆかしさと憂いを感じさせ、そのしっとりとした雰囲気は見るものの心を掴むような不思議な魅力があった。シャルロットが華やかな王室の薔薇ならば、ジゼルは野原に咲く百合のようなしなやかな美しさがある。
ジゼルはこんなに美しい人だったのかと皆初めて知った。
メイド達は口々にジゼルを褒めた。「ジゼル様の美しさにベルトラン様はお喜びになるでしょう」「私たちは今日ジゼル様のお手伝いができてとても嬉しいです。誰よりも輝いて見えるでしょう」「ご主人様もきっとジゼル様の美しさに驚かれると思います。ジゼル様は私たちの大切な奥様ですからどうか堂々となさって下さいませ」
ジゼルはメイド達の言葉を聞き胸が熱くなった。温かい言葉が心に染み渡り視界が滲む。悲しい涙よりも嬉しい涙は我慢できないのだと知った。「ああ、折角のお化粧が!」メイド達は慌ててハンカチを取り出してジゼルの涙を拭い、もう一度お化粧を直した。
ジゼルは心の底からメイド達に感謝し、気持ちを強く持って出かけられると明るく笑った。
オーブリーは庭から美しい花々を切って花束にしジゼルに渡した。花束を持つジゼルはまるで妖精のような儚げな美しさがあり皆その魅力に感嘆のため息をついた。
「ジゼル様、気をつけていってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」
ジゼルはメイドや使用人達に温かく見送られ迎えの馬車に乗りジュベール公爵家に向かった。




