残り五話 マグノリアの木下で
「ロラン様!姿を消していたマリアンヌが城に戻って参りました」
仕事が終わり、帰宅の準備をしていたロランにランスロットが報告する。
ロランは執務室の窓から空を見上げた。
ドラゴンはその範囲を狭め城を中心に旋回をしている。ドラゴンもその場所を絞り込んだように見えた。
王が謝罪して現れるドラゴンを見た国民達はロランが新たに仕込んだ情報を噂し始める。
シャルロットが聖女を貶めたことに対する正式な謝罪をしていない件だ。
だが、その噂がシャルロットの耳に届いたのか、ずっといなかったマリアンヌを城に呼び戻した。
気になる動きだ。
ロランは一番信頼するランスロットにシャルロットの監視を頼んだ。
「ロラン様、私がロラン様から離れるのは不安がございます」
ランスロットはロランを案じ言葉をかける。確かに、魔力が少なくなったロランからランスロットを離すのは不安もある。だが、それも今だけ、今日だけだ。
何かあれば移動魔法もかろうじて使える。
「ランスロット、今日だけだ。今日ジゼルに話す間だけ何事も起きないようシャルロットを見張ってくれ」
「……かしこまりました」
ロランは執務室を出てゆくランスロットを見送り、窓辺に移動した。
どうか今日だけは問題を起こしてほしくない。
ロランは大空を旋回するドラゴンを見つめ願った。
*
ロランは一人馬車に乗り別邸に戻った。エントランスの前にジゼルが立っている。エミリーと、ヤニックはジゼルにわからないようロランに合図を送る。
ロランが用意したドレスや日用品は既に別邸の中に運び込まれているのだろう。ロランは小さく頷き馬車を降りた。
やっとジゼルと向き合える。
内から湧き出る喜びがロランの表情を和らげる。ジゼルを見つめるとジゼルは嬉しそうな笑顔をロランに返す。その眩しさにロランは視線を下げ頷いた。
ヤニックにカバンを預けロランは足取り軽く歩き出す。一刻も早くマグノリアの丘に行きたい、その一心だった。
しかしふと気がつく、後ろからついてくるジゼルはどこに行くのか、何をするのか知らない。気持ちは迅るが一旦足を止めジゼルに言った。
「行こう」
ロランはそう言って別邸の門を出ようとした時視線を感じた。振り返ると、門のそばでオーブリーが頭を下げ二人を見送っている。
ロランはオーブリーの手に握られていたジャスミンを見て、なんとなく胸がざわつく。釘を刺してもジゼルを見つめるその瞳はなんらかの光を宿しているように見えた。
だが、今はそれに構っている時間はない。
ジゼルに気持ちを伝えられる喜びが今のロランにとって最重要事項だからだ。残り十日、シャルロットと誓約はあと三日で終わる。その効力は著しく下がっている。もう言えるだろう。
愛している、と。
ロランは心の中で愛しているという言葉を繰り返す。
(あ!)
ロランはジゼルを置いて一人先に歩いてしまっていたことに気がつく。
ジゼルの手を取り歩くと決めていたが、ロランなりに緊張があったのだ。
しまったと思いながらも、どうすることもできず途中道から外れ膝丈ほどある草むらに入った。ここでジゼルに手を差し出そうと振り返った。が、意外にジゼルは楽しそうに草を掻き分けロランに笑顔を向ける。そんな自然体のジゼルにロランも口角を上げる。
ジゼルは普通の令嬢と違う。今のジゼルは強く生きようと前を向く人。
そんな人に出会え強制的にでも妻にできたことを今ロランは幸せに思っている。
ロランは少し進み、振り返りまた歩いた。その度に逞しくロランを追いかけるジゼルの姿に惹かれてゆく。
こんな頼もしいジゼルを見られるとは思っていなかった。
ロランは徐にナイフを取り出しジゼルを見て笑いかける。
ジゼルの成果を見せてほしい。
まだ見ぬ姿を見せてほしい!
ジゼルも胸に隠していた短剣を取り出し笑った。
最初に仕掛けたのはロラン。ジゼルはギリギリのところで攻撃を避けながらも隙を見てロランに攻撃を与える。短期間でここまで成長したジゼルがどれほど努力したのかロランに伝わる。
魔法の使えないジゼルはひたすら努力を積み重ねる人。
不器用で自己肯定感が低い、でも、それが誰よりも強く、美しい。
ロランはジゼルと剣を交わすごとにジゼルの内なる力を、強い心を感じた。
剣を交わしながらジゼルをマグノリアの丘へと誘導する。その途中急な坂道でジゼルが倒れた。ロランは心配しジゼルを覗き込んだ瞬間、ジゼルは土を握りロランに投げつけ逃げていった。
ロランは目を丸くし笑い出す。
ジゼルは弱い存在じゃないと初めて感じた瞬間だった。
全速力で丘を駆け上がってゆくジゼル。黒髪はその後を追い、登った月明かりがジゼルを浮かび上がらせる。息を呑むほど美しい瞬間。
夢に見たこの瞬間にロランは込み上げる感情を飲み込んだ。
ロランの愛するマグノリアの木の前でジゼルを捕まえる。
肩で息をし、汗をかいているジゼルが眩しい。
「ハァハァ」
息が上がっているジゼルにロランは短剣を突きつけた。
「殺されるぞ!」
ジゼルは過去、ここで命を失った。だが今ジゼルは生きている。
こんな幸せな気持ちでこの言葉を言える日が来るとは思わなかった。
ロランは喜びに目を細める。
「ここであなたに殺されても……それは本望です」
ジゼルのその真っ直ぐな眼差しにロランの心臓は一瞬止まった。
本気でそう思ってくれている。きっと五百年前、ジゼルも同じことを言っただろう。
『それほどまでに愛していると』
何も答えられないロランにジゼルは「ごめんなさい」と言って下を向いた。
もう、我慢する必要はない。
ロランは俯いているジゼルの顎先に指をかけた。
目が合った。ジゼルの眼差しは不安に揺れている。
ずっとずっとそんな思いをさせてしまっていた。五百年前も、今までも。
ロランはこれほど長い月日をかけなければ気持ちを届けられなかった自分に呆れフッと笑った。
不器用なのは私だったんだ。
ロランは万感の思いを込めジゼルにキスをした。
「……」
ジゼルは呆然としロランを見つめた。何が起きたのかわからない表情を浮かべるジゼルから唇を離し、輝く黒髪に触れ、ジゼルの傷にもキスをした。
ジゼルは体を硬直させパニックを起こしている。そんなジゼルを優しく抱きしめ、ロランは愛を込め長いキスを交わした。
ジゼルの瞳から涙が溢れ、頬を伝わり下にぽたぽたと落ちてゆく。これほどまでに悲しい思いをさせていたのだとロランはジゼルを抱きしめた。
愛している。これからも一緒に生きよう。
この言葉を言う時が来たのだ。
ロランはジゼルの涙を指で拭い、真っ直ぐにジゼルを見つめた。
ジゼルもロランを見つめる。ロランは僅かな拘束力がある誓約魔法を抑えながら伝えようと口を開いた。
「ジゼル……」
グギャォー!!
空気が揺れるほどの雄叫びが聞こえた。
月を覆い隠すほど大きなドラゴンがカパネル城の真上に現れ、雄叫びと共に暴風を呼び空が真っ暗に変わった。いつも現れるドラゴンではない。ドラゴン王の卵を守る魔法が使える危険なドラゴン。そのドラゴンが暴走し始めている!! ドラゴンの卵に危険が迫っている!!
ガァギャァー!!
ドラゴンは口から巨大なエネルギーの塊を城に向かって放出した。間違いない、シャルロットがいる部屋に向かって攻撃をしている。
ドカーン!!
街の一部が破壊され、城からは火の手が上がる。このままではジゼルに危険が迫る。ランスロットがすぐに対応しシャルロットの部屋に防御壁が張られた。だがこのままにしておくわけにはいかない。ジゼルを別邸に置いてゆくか迷ったが、ドラゴン王の卵に何かあった時、すぐにジゼルを守る対応ができないかもしれないとロランはジゼルを連れてゆくことを決断した。
だがドラゴンの怒りは収まりそうにない。城の周りを旋回し、雷の魔法を使い城を破壊し始める。それもやはりシャルロットがいる場所だった。
「クッ……やはり!!私から離れるな!!」
魔力量が下がっている今二人で移動するのは心許ない。だが、城にゆけばランスロットやグレアムがいる。ロランはジゼルを抱きしめ移動魔法を使った。




