愛の形
視線の先のジゼルは波打ち際まで行き、海に触れた。
まるで遠い過去に思いを馳せるような深い眼差し、かつての日々を懐かしむようなその表情にロランの心臓は張り裂けそうになる。
今世も思うようにいかない現実。
ただ、ジゼルを愛し大切にしたいだけ。だが、大魔法使い、次期公爵、シャルロット、そして両親、ロランの背負う全てがその道を妨げた。
ロランは唇を結ぶ。
*
だが、本当はわかっている、私自身に問題があるのだと。
庭先でオーブリーやメイド達と楽しく過ごすジゼルの姿。自然体で会話するその様子を執務室から眺める度に、自分の存在がジゼルの人生を壊しているのだと突きつけられる。
手の届かない、手を伸ばしてはいけない人だと、遠くから見つめるだけの存在なんだと認めざるを得ない気持ちに陥るたび、カーテンを閉めた。
光が遮られた部屋の中、一人机に向っていると窓の外から楽しそうな声が聞こえる。その声が一層孤独を深めるが、その度にジゼルを殺されたあの瞬間が頭をよぎり息が止まる。
前世は私が愛したから彼女は殺された。
今世も私が愛したから……
私の存在はジゼルを幸せにできないかもしれない。
臆病になってしまう。
このままジゼルを愛していいのだろうか?
愛される、愛してもらえる資格が、可能性があるのだろうか?
笑顔すら向けてもらえない現実に消えてしまいそうだ。
*
そう思いながらも、諦めたくない。絶対に諦めたくない。
そんな思いが折れそうなロランの心を奮い立たせる。
(愛した人が、愛している人が目の前にいる夢のような現実を諦めたくないんだ!)
ロランは叫びたくなった。
(溢れるこの愛を叫びたい!)
だが、シャルロットと結んだ『愛の誓約』がジゼルへの愛の言葉を奪う今、ロランは黙って愛しい人を見つめた。
その視線には幾千もの言葉にできない思いが詰まっている。
沈黙は愛。
ロランは月明かりに浮かぶジゼルの姿を黙って見つめ続ける。
この思いはジゼルには伝わらない。そんなことはわかっている。
だから、涙は止まることなく流れ続けた。
不安定に揺れる心。だが、溢れる涙を止めなければジゼルに不審に思われる。
ロランは気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。
(――これほどまでに弱い自分に出会うとは思わなかった)
目の奥に込み上げる熱を止めようと瞼を閉じる。
(思い出が溢れ出す海。特別な場所)
脳裏に蘇る幸せだった時間。ジゼルと幼いドラゴンだったバジルと訪れたこの海。笑い合った遠い日の記憶。
ロランはゆっくりと瞼を開けた。
視線の先のジゼルは人差し指で砂地に文字を書いている。打ち寄せる波が文字をさらい、それを名残惜しそうに見つめている。
愛する人が生きている。
愛しい人に再び会わせてくれたこの世の全てに感謝したい。
(そして……バジル……)
本来ならドラゴン王として光と闇、両方の特性を持てたはずのバジル。
ジゼルを失ったバジルはドラゴン王になれず、大魔法使いの召喚獣、暗黒の龍王ダークネスドラゴンになった。
(バジル、私はお前も救いたい)
ロランはバジルに話しかける。
バジルは何も答えない。だが、ロランの魔力が溢れ出すほど強くなった。
「バジル、今は魔力はいらない。戦いの時に頼むよ。私たちは一心同体だからな」
ロランはそう呟きながら砂に触る。
サラサラとした感触。目の前の幸せが崩れる予感がし、手を止めた。
この海には沢山の人の想いが溶け込んでいる。あの日の喜びも悲しみも。
おおらかで力強く、見る者の心の琴線に触れるこの大きな海はあの日の悲劇も知っている。
そして再び会えたこの喜びも。
祝福の力が蘇ったこの海を再び見ることができて良かった。
この美しい祈りの力が雨となり全ての生き物に降り注ぎ、世界は安寧を取り戻す。
再びジゼルに出会えた奇跡を心から感謝する。




