ロランの帰宅
ベルトランは一週間滞在し、また旅に出て行った。
そして、入れ違いにロランが帰ってきた。
ジゼルは久しぶりに帰ってきたロランを見てときめく心を否定できない。嫌われていても好きな気持ちは生きる糧になる。
馬車から降りてきたロランは一枚の絵画のように見えた。
真っ黒な外套を羽織り柔らかく揺れ動く金色の長い髪に宝石のサファイアを彷彿させる美しい瞳、その根底に見える意志の強さ。見るものに有無を言わせぬ圧さえ感じさせる。
―遠くからでも良いからずっと見つめていたい。
初めて出会ったのは十歳になったばかりの頃。毎年行われる神殿での魔力測定の日、泣いていた私に魔法を見せようとしてくれたのがロラン様だった。魔法を無効にする私に対しロラン様は自身の魔法が失敗したと思ったようで苦笑いし向けてくれた優しい瞳。忘れられずあの日からずっとロラン様を見ていた。
その憧れ続けていた人が今目の前にいる。そう思うだけで心臓が跳ね上がり喜びの熱が全身に駆け巡る。
でも、この気持ちはロラン様にとって迷惑だから、空気のように過ごすのが最善。
エントランスで出迎えたジゼルは以前数日ぶりに帰てきたロランに声をかけ無視された辛い失敗を繰り返さないよう黙って頭を下げた。弦をピンと張ったような緊張感が背中に走る。ゆっくりと頭を上げ上目遣いにロランを見た。ロランは瞳を緩ませジゼルを見つめ何も言わず部屋へと歩き出した。
え?!今日は合格?
ジゼルは胸をときめかせ歩き出したロランの背中を見つめた。その足取りはゆっくりとまるでジゼル待っているかのように感じる。全て勘違いであっても喜びが胸を弾ませる。足取り軽くロランの後を追った。
「変わったことは?」
食事中、初めてロランが話しかけた。
ジゼルは内心驚きフォークとナイフを落としそうになったが平静を装い手を止め、ベルトランが来たことを伝えた。
「お祖父様が?なぜ?突然だな」
ロランは流れるような美しい所作で食事を続けながらジゼルに聞いた。
「はい、旅の途中近くに来たからと仰って、一週間ほど滞在されまた旅に行かれました。」
ジゼルは穏やかな表情を浮かべているロランに見惚れていたがすぐに目線を下げ目の前の色彩豊かなサラダを見つめながら答えた。
ロラン様とベルトラン様の穏やかな眼差しはそっくり。
でも、あまり見つめたら嫌がられるから我慢しなきゃ。こんなに嬉しい日は二度と無いかもしれない。
「一週間?あのお祖父様が?!信じられない」
ロランは驚き手を止めジゼルを見た。
ジゼルも顔を上げロランを見るとロランはフォークを握ったまま何か考えているような素振りを見せた。ジゼルは目線を下げ次の言葉を待ったがロランはそれ以上何も言わなかった。
……やはり私との会話は続かない。
先ほどまでの浮かれた気持ちは夕方の朝顔のようにクシャクシャに萎み、会話一つ上手くできない己の愚かさに落胆する。ベルトランと会話で困る事はなかったがロランは違う。その理由……。
ロラン様は私が嫌いだから。
目の前のサラダが色彩を失った。それでもこの間を保つため、食べたくもない肉を小さく切り分けその破片を見つめた。
……話しかけてくださっただけで奇跡だからうまく会話しようだなんて図々しい発想。
ジゼルはグラスを手に取り水を飲んだ。その時ロランの方を見るとロランはまだ何かを考えているような様子だった。ロランの視線の先はワイングラスだがそれを見ていない。ロランの青い瞳は違う場所を見ているように見えた。
……シャルロット様を思い出しているのかもしれない。
そう考えるだけで心臓をゆっくりと握りつぶされるような息詰まる痛みを感じ、ふと毎週のように送られてくる新聞記事を思い出した。
……カパネル王国の薔薇シャルロット姫と王国の守護神ロランは愛を育み続けている。
二人は城で逢瀬をかわし一日中一緒に過ごしている。
一週間居なかった理由はわからない。シャルロットと過ごしていたとしてもロランに確かめる権利など無いし、それを責めることも出来ない。
今日感じた些細な喜びもジゼルが都合よく解釈しただけでロランにとっては意味のない動作だったのかもしれない。
……私はロラン様にとって迷惑な存在。
そう思っているのに、わかっているのに、それでも冷たい視線以外の眼差しをもらえたら、無視じゃなく言葉をもらえたら少しだけ存在を認めて下さったと…。
でも。
どんなに浮かれても目の前にある冷えた料理が現実を示している。
……ジゼルは黙って冷たい肉を口に入れた。
その数日後とんでもないことが起きた。
ジゼルにジュベール公爵家からお茶会の招待状が届いた。
差出人はベルトランだ。