変える日常
ロランはベルトランと昼食を摂り、その後、ジゼルへのメッセージを預かった。
「ロラン、ジゼルを頼むぞ」
ベルトランはそう言いながらロランを抱きしめた。その愛情ある抱擁は、大魔法使いとしての苦しみを知っているベルトランらしい力強い抱擁だ。ロランもベルトランを抱きしめながら約束をする。
「必ずジゼルを大切にします」
ロランはベルトランに一礼し、ジュベール公爵家を後にした。この先公爵家との関係が壊れたとしても、ベルトランだけはわかってくれる。それは今のロランにとって大きな心の支えとなった。
ロランは馬車に乗り神殿へと向かった。
ジゼルとの結婚式以来の訪問。
あの日、ジゼルを見た時に受けた衝撃は、前世の記憶を忘れていてもロランの魂がジゼルを覚えていた衝撃。
『私はこの女に会ったことがある!』
あの時、確信に近い既視感を覚え、得体の知れぬ不安が一気に心に広がった。
それが何を意味するのかあの時は全くわからなかった。胸の鼓動が高まり、喉を圧迫する息苦しさ、それは、命を捧げても惜しくない人を失った記憶と、再び会えた喜びの衝撃だったのだ。
今更ながらあの日、ジゼルに冷たく接したことを深く後悔している。
だが、まだ間に合う。愛しい人は生きているからだ。
ロランは馬車の窓から青い空を見つめ決意する。
(今日から試行錯誤しながらでもその思いを持ってジゼルに接する。嫌われない限り、努力を惜しまない)
神殿に到着したロランは迎えに出てきたドナ司祭と共に歩き出す、目的は一つ。ドラゴン王の卵だ。
ドナ司祭はロランを神殿の奥へと案内する。
昨夜の騒ぎは今朝の新聞を賑わせている。ドナ司祭もその事件を知らないわけではないが、ロランとジゼルを結婚させたのも神殿だ。そしてこの騒動はシャルロットが原因だった。神殿としては王家との対立は避けたいが、ロランの気持ちも理解できなくはない。
出来るだけ穏便に解決することが神殿のスタンスだ。
ロランは案内された部屋に保管されているドラゴンの卵を見つめる。
想像以上に小さなその卵は大人の拳ほどの大きさだった。
ロランはその卵に手を伸ばし、指先に魔力を集中させ触る寸前のところで手を止めた。ドラゴンは人間の魔力から身を守るため反応するが卵に変化はない。殻の色はベージュに少し黄金が見える。だが、生命力を感じないのだ。
「この卵はどこで?」
ロランはドナ司祭に尋ねる。司祭は首を傾げながらロランに言う。
「おかしな話ですが、いつの間にかここにあったのです。もちろん昨日今日の話ではありません」
「……そうですか」
ロランは魔力を消し再び卵に手を伸ばし、表面に触れた。卵からほんの少しの魔力を感じたが、孵化まではまだまだ時間がかかりそうだとわかった。
「引き続き、厳重な保管をお願いします」
ロランはドナ司祭に挨拶をし、そこで別れた。
(考えることは山ほどあるが、とりあえず気になっていたドラゴンの卵が確認できただけ前進した)
ロランは一息つき、神殿を出ようとした時、ドナ司祭付きの神官が走ってロランを追いかけてきた。
「ロラン様にお見せしたいメッセージが、ドナ司祭からロラン様にお渡ししろと……」
そう言ってメッセージカードをロランに渡す。ロランは首を傾けそのカードを受け取ると薔薇の香りがした。
「シャルロットか」
ロランはすぐにその場で中を確認する。
「国を揺るがす騒動の謝罪、そしてジゼル様へ直接謝罪をしたく、司祭様に場を設けて頂けないかとお願い申し上げます。シャルロット・ブランシャール」
「……それで? ドナ司祭は、神殿としてはなんと返事をするのだ?」
「昨日の今日で、このようなメッセージをくださるとは、王家の動揺も感じておりますが、騒動への謝罪は良いとしても流石にジゼル様と直接は……ですからこれをロラン様にと」
「私が許すわけが無い。シャルロットにはロランが許さないと伝えてもらいたい。……このメッセージは預かっても良いのか?」
神官は頷き、ロランはそれを胸のポケットに入れた。
神殿としては巻き込まれたくないのが本音だろう。
ロランは馬車に乗り込んだ。
ドラゴンの卵の孵化とジゼルの覚醒。何一つできていない中、三ヶ月が過ぎようとしている。五ヶ月過ぎればジゼルの選択がある。だがドラゴン王もいない状況で選択はあるのだろうか?
目の前の現実、片付けなくてはならない山のような問題。それに、早速動き出したシャルロットの動向も気になる。
ロランは思うようにいかない状況にため息をついた。
その日は早々に別邸に戻った。ジゼルが心配だったからだ。
傷が痛んで寝込んでいるかもしれない、昨日のショックで一人泣いているかもしれない、そんな心配が浮かぶ。
いつもなら馬車が止まるまで腰掛けているロランだが、止まる前に座席を立ち止まったと同時に自らドアを開け降りる。
馬車を降りるとジゼルの姿がエントランスに見えた。
その後ろに控えていたヤニックがロランの行動に驚いた表情を浮かべているが、ロランは気にすることなくジゼルを見つめる。
穏やかな笑みを浮かべこちらを見て恥ずかしそうに頭を下げるジゼルの姿にロランの心は安心に包まれた。
しかし、額のガーゼが痛々しい。
その姿を見て再び怒りが湧き、そのオーラが漂い始める。ヤニックはすぐ様気が付き、ロランに目で合図送る。
『ジゼル様が怖がってしまいます!!』
近くで作業していたオーブリーがロランの変化に気が付き慌ててその場を離れる。
ロランは我に返り、深呼吸し、気持ちを整えた。
(ジゼルを怖がらせるわけにはいかない。言葉で伝えられない気持ちは態度で示すしかないから)
ロランは出迎えたジゼルの前に立った。
ジゼルは先ほどのオーラには気が付いていないようで、顔を赤らめ恥ずかしそうにロランを見上げる。
その瞳は意外に明るい。屋敷の者がジゼルの気持ちに寄り添ってくれたのだとわかった。
(ああ、ホッとする。こんなジゼルをいつも見ていたい)
ロランは胸のポケットからベルトランのメッセージカードを取り出した。
「お祖父様からだ」
ジゼルの顔が明るく輝いた。その顔を見たロランの心にも光が届く。
だが、メッセージを受け取ろうとしたジゼルの動きが、一瞬止まった。
「?」
ロランはジゼルを見つめる。
「ありがとうございます」
ジゼルは笑顔を浮かべメッセージを受け取り頭を下げる。
気のせいか、と、ロランは外套を脱ぎ、そのそのまま執務室に入った。
ジゼルが元気そうに見えたことに安堵する。
しかし、ジゼルを狙うシャルロット、マチアス。
そしてジュベール。
「ロラン様、ジゼル様あてに招待状が山ほど届いておりますが」
ヤニックが山のように積まれた招待状を持って執務室に入ってくる。
手のひらを返したような貴族達の対応に呆れつつも今後のことを考えると足蹴にするわけにもいかない。
「ヤニック、丁重にお断りをし、しかるべき時が来たらこちらから招待すると……そうだな、花と共にメッセージを送り返してくれ」
ヤニックはその言葉に笑みを浮かべる。
以前のロランからは考えられない対応。
ジゼルがロランを変えたのだ。




