ベルトランの決意
翌日、ベルトランはジゼルの作った朝食を食べた。魔法で温め食べる料理に慣れているベルトランは湯気が立つ出来立てのスクランブルエッグを一口食べ目を見開き顔を上げた。
何の変哲もないスクランブルエッグだが驚くほど美味しい。それだけでなく作り立ての朝食はどれも新鮮で美味しく食べるほどに力がみなぎる。
ジゼルは魔法が使えない。だからこそ手間暇をかけ作る料理一つ一つが心に届くような温かさがある。魔法で温める見た目だけの料理とは根本が違う。
旅の疲れを配慮したジゼルの優しさがベルトランの心に届く。ベルトランは心配そうに見つめるジゼルに優しく声をかけた。
「ジゼル、魔法で温めなくても良い食事がこんなに美味しいとは、……ワシはすっかり忘れていたよ。魔法は便利だが大事なことが見えなくなる。……ジゼルありがとう」
その言葉を聞きジゼルの視界は滲む。いつもなら奥歯を食いしばり我慢するが頬を伝った一筋の線が雫となりポタポタと床に落ちた。ジゼルはハッと気が付き慌ててハンカチで両目をおさえた。
「わしの前では我慢する必要は無い」ベルトランはそう言って立ち上がり涙を拭うジゼルを抱きしめた。乳母が死んで以来の温かい抱擁にジゼルの涙は止まらなくなった。
初めてジゼルという人間を理解してくれたベルトラン。太陽のような温かさでジゼルの心の傷を優しく癒した。
それ以来二人は本当の祖父と孫娘のように、共に穏やかな時間を過ごすようになった。
ベルトランは午前中、本を読んで過ごし、午後からは花が咲き乱れ瑞々しい緑の香りがする庭園でジゼルと過ごす。二人は椅子に座りジゼルが育てたハーブを使ったお茶を飲みベルトランが旅した国々の話をする。何処にも行けないジゼルにとってベルトランの話はここ以外の世界に出会うことができ、一緒に旅をしている気分になれた。
ジゼルにとってベルトランと共に過ごす時間は一番の楽しみとなった。
時には何も語らず過ごすこともあるがそれはそれで心地がいい。ベルトランとの温かい日々はジゼルを存分に癒してくれベルトランに心から笑えるようになった。
ベルトランが別邸に来て一週間が経った。
朝食の時ベルトランは明日旅立つとジゼルに告げた。
花瓶に生けてある花がハラハラと散りその様子を見つめ唇をぎゅっと結んだ。
寂しい。
ジゼルは唯一の理解者であるベルトランがここから居なくなるのを心から寂しく思った。ベルトランは目を細めジゼルを見ている。ジゼルは結んだ唇を一旦緩め、口角を上げた。そして小さく息を吸い込みベルトランに言った。
「ベルトラン様。とても寂しいです。……どうか旅先でもベルトラン様が穏やかに過ごせるようにお祈り申し上げます」ジゼルはそう言って立ち上がりベルトランを抱擁した。
もうすぐ二ヶ月が終わる。残り三ヶ月。ロランと離婚しここから出てゆくジゼルはこの先高貴な身分のベルトランに会う手立てがない。けれどそんなことは言いたくなかった。
ただただ、ベルトランが無事に旅できるよう祈り温かい日々の感謝を抱擁で伝えた。
ベルトランは素直に寂しいと言えたジゼルを愛しく思った。本当の孫娘のように大切な存在。
孫のロランが本当のジゼルの姿に気がつくことを願っている。ベルトランもさまざまな思いを胸にジゼルを優しく抱きしめた。
ベルトランはジゼルと出会い人の温かさを感じられる人間こそが世界を動かせると確信した。商才のあるベルトランは多くの貴族と取引している。その多くが私利私欲にまみれ大局を見る器を持つ人間が少ない。そんな人間にウンザリしていた。
だからこれを機に一度人間関係をふるいにかけ、いずれロランが継いでゆくジュベール公爵家の方向性を明確にしようと考え始めた。
ベルトランは別邸に来た初日以外、ロランの話を一切しなかった。それはロランが成人した大人であり自身の人生は自身で切り開くものだと考えているからだ。だからシャルロットと付き合っていることも口出しなかった。
けれどもジゼルは違う。魔力が無く悪女と謂れなきレッテルを貼られた彼女を誰かが支えてあげなければ生きてゆけない。ジゼルの素晴らしさをロランが気が付きその人生に寄り添えるきっかけが必要だ。万が一ロランがジゼルの本質を見抜けないようならたいした人間になれない。シャルロットと結婚し不幸になるだけだ。その時はジゼルを養女にし旅を続けよう。
ベルトランは決意した。
ジゼルには旅に出ると言ったが、本宅に戻ることにした。
この先のロランとジゼル、ジュベール公爵家の運命を変えるために。




