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この結婚が終わる時  作者: ねここ
第一章 ジゼル・メルシエ
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興味すらない


 ロラン・ジュベールはソファーに座り、すらりとした長い足を組んだ。


 

「あなたは形式上私の妻だが、あなたを愛することは無い」


 ロランは顔にかかるしなやかな金色の長い髪を鬱陶しそうに手櫛で後ろに撫で付け、冷たい口調で淡々と言った。彼のブルーの瞳は一切の感情を現さず、その瞳に映し出されているはずの自分が存在していないかのように思えた。

 

 これが結婚したばかりの新妻、ジゼルが新郎ロランから初めて向けられた視線と言葉だった。


「五ヶ月、五ヶ月経ったら離婚ができる。それまでは我慢するが私に何も期待しないでくれ。私には愛する人がいるから」


 ジゼルはロランの顔を見ることが出来なかった。膝の上に置かれた手はドレスを握り、深い焦茶の瞳は足元を見つめ黒い髪は下を向いたジゼルの顔を覆い隠した。こんな扱いは慣れているはずなのに。お前など相手にする訳がないだろう?そう言われるのは初めてではない。だがロランから言われる言葉はジゼルの胸に突き刺さった。


「あ、あと、夫婦の契りは契約上交わさなくてはならない。月に一回で充分だ。愛していない女を抱くのはきついからな」


「何かあるか?」


 ロランはもう一度、長い髪を後ろに流しながらジゼルに聞いた。


「いえ、何もございません」


 ジゼルは下を向いたまま答え唇を噛んだ。



 

 この世界は魔法使いの世界。



 生まれてすぐに魔法測定を行い、魔力が計られる。普通の人々の魔力は二十くらいだ。二十あれば生活で困ることはない。例えば近くであれば物を瞬間移動出来たり、簡単な料理や洗濯など日常的な事もほぼ出来る。自分の身を守るための防御も使える。国民の大半がそれに当てはまる。

 


 そして、その内の二パーセントの人間の魔力は恐ろしいほど高い。彼らはエリートと呼ばれ特別な存在だ。通常最大魔力は百だがエリートは測定不能。


 高い魔力は攻撃魔法がメインの黒魔法使いと治癒魔法がメインの白魔法使いに分かれる。

 国にとって重要な存在であるエリートは国の中心的存在として扱われている。


 そして、数百年から数千年に一度の割合で生まれる魔力ゼロの人間。それがジゼル《わたし》だ。


 魔力ゼロの人間は、その時代の魔法使いの中で一番魔力の高い魔法使いと結婚しなければならない。


 その理由はわからないが、古から決まっている事だ。


 ただし、それは形式上で、五ヶ月経てば離婚ができる。しかしその間は必ず夫婦の契りを結ばなければならない。


 ジゼルが魔力ゼロだった故にロランはカパネル王国の三女シャルロット姫と結婚することが出来なかった。


 シャルロット姫はカパネル王国の薔薇と言われるほどの美貌と淑女の鑑と言われる知性と教養を持つ姫だ。


 美男美女の二人は憧れの対象で二人の物語の本まで発刊されるほど人気がある。


 その愛し合う二人の結婚を阻んだジゼルは国中の注目を浴び悪女として嫌われている。


 愛し合う二人が結婚するためには先ずロランはジゼルと愛のない結婚をし、五ヶ月間は夫婦で居なければならない。五ヶ月間ロランが我慢できればその後、愛し合う二人は結婚ができる。


 だからロランはジゼルに五ヶ月は我慢すると言ったのだ。その後愛する姫と結婚出来るのだからロランはこの望まない結婚を我慢するのだ。


 ジゼルは平民に近い田舎の貴族だ。ロランは公爵家の人間。身分差は月とスッポンだ。全てが違う。


 決まっている事とは言え、ジゼルと結婚しなければならないロランは国中から同情を買った。

 そしてロランとシャルロット姫の悲恋は演劇まで行われるほど国民の関心を得ていた。


 

 完全に私は悪役だ。


 世間からジゼルが自らその結婚を辞退すればいいといわれていた。もちろん何度も辞退していた。が、神殿がそれを許さなかった。


 結婚にあたり支度金を公爵家から受け取ったがその金をジゼルが受け取ることはなかった。貧しい一族が全て持って行き、ジゼルは古いドレスを纏い、小さなカバン一つでロランの邸宅に入った。馬車に乗るお金さえなく、王都までの道のりは二日かけて歩いてきた。


 こんな見窄らしい花嫁は大魔法使いであり公爵家跡取りのロランに似合わないことはわかっている。ジゼル自身も恥ずかしく悲しく惨めな気持ちでここまでの道のりを歩いてきた。その途中何度も逃げようとした。けれどそんなことをしたら今以上に迷惑をかけてしまうと、その度どうすることもできない運命を呪った。


 結婚が決まりロランの元に来るまでどれだけ涙を流したか。一人で歩き続けここに来た時、あまりに見窄らしい私を見て言葉を失った執事の顔を今でも鮮明に覚えている。きっとこの先も涙が乾くことがない五ヶ月を過ごすことになる。ジゼルは両手を握りしめ覚悟した。


 魔力のないジゼルは世界中どこに行っても独りぼっちだ。


 

 

 大きな部屋に大きなテーブル、ロランと共に夕食を食べる。


 一緒といえば聞こえはいいが、会話もなく一人で食べているのと同じだ。


 全ての料理はいつも冷えていた。これはこの世界ではそれが常識で食べる前に魔法を使い温める。


 しかしジゼルは魔法が使えない。


 誰にも気に留めてもらう事もなく、冷え切った料理を毎日食べている。それが悲しい訳ではない。乳母が死んでからずっとそうだった。


 

 ロランは会話することも一切なく食事が終わると執務室に行く。まるでそこにジゼルが居ないように目を合わすこともなくロランは生活していた。


 ジゼルは一人夫婦の寝室に戻りソファーに座って本を読み、そのままソファーで眠る。


 ベッドはロランが使う。新婚初夜から自主的にそうしていた。嫌われ、歓迎されない花嫁ができる事はそんな事しかない。彼の視界に入らないことが唯一ジゼルがロランの為に出来る事だ。


 それに対してロランは何も言わない。恐らくジゼルという存在に興味すらないのだ。



 結婚してからもうすぐひと月、ロランが食事の時に言った。


「今日契りを交わす」


 ジゼルの返事を聞くこともなく、それだけを言ってロランは執務室に行ってしまった。


 ジゼルはその言葉を聞き身体が硬直し、ナイフとフォークを持つ手が震えた。自分のことが嫌いという人に抱かれる事はとても辛い。食事を続ける気力がなくなり、唇を噛み締め俯いた。膝に置いた手を見つめ握りしめる。逃げ出したい。けれど神殿との約束がある限り逃げる事は出来ない。どんなに辛くても甘んじて全てを受け入れるしかないのだ。


 幼い頃ジゼルは自分に魔力が無いと知った時からどの魔法使いのお嫁さんになれるのか夢を見ていた。魔力の高い魔法使いの中でも圧倒的な魔力を持つロランを一目見た時から好きになった。


 ずっとロランを見続けて、妻になったら一生懸命支えたいと夢を見ていた。


 しかし現実は、ロランには愛する女性がいてジゼルの存在はロランの中で苦痛でしかなく、一人の人間として興味すら持ってもらえない。愛する人がいるのに全く愛してもいない、苦痛の根源であるジゼルと結婚し、月に一度義務で抱かなければならないロランの苦しみは計り知れない。


 ジゼルはロランに対し申し訳ない気持ちになった。ひと月近く経つのにほとんど会話らしい会話のない形だけの夫婦。私さえ居なければ。何度も何百回も考え、ここにきてからは毎日毎時間思っている。一人食堂に腰掛け涙を我慢する事も、ソファーで息を殺し涙を堪え眠る事にもなれた。だけど今晩のことを考えると我慢できるはずの涙がポロポロと頬を伝った。


 どうしよう。ジゼルは初めての経験でどうしていいのかわからない。気持ちは沈む一方だ。

 ジゼルの気持ちとは裏腹にあっと言う間に時は過ぎ夜になった。

 

カチャ


 ドアが開く音が聞こえバスローブを羽織ったロランが入ってきた。


 ジゼルは緊張で息が止まりそうになりながらも壁の近くに立ちお辞儀をし自分の足元を見つめた。怖い。重ねた手の指先が震えている。


「お前、経験はあるか?」


 ロランはすごいことを聞いてきた。誰にも相手にされない私にそんな経験があるはずもない。キスさえしたことがない。


「い、いえ、ございません」


 声が震える。ジゼルは緊張しながら答えた。


「ハァ、気が乗らない」


 ロランは言った。


 ジゼルはその言葉を聞き心臓が貫かれたような痛みを感じ心の中で何度も謝った。ごめんなさい。私さえいなければあなたは愛する人と結婚出来たのに。


「仕方がない、こっちに来い」


 ロランが言った。ジゼルは緊張で身体が硬直し指先が冷えてきた。怖い。けれど言われるがままロランの目の前に立った。


「私はお前の顔もまともに見たことがない。そもそも興味もないし、どうでもいいことだ」


「だけどお前は初めてだから。表情で判断するから、顔は見えるようにしてくれ」そう言ってロランはジゼルの髪を束ねるために魔法を使った。


 だが魔法が効かない。


「ん?なんだ?」


 ロランは首を傾げもう一度魔法を使ったが結果は同じだった。


「これは一体?」


 唖然とするロランにジゼルは震える声で言った。

 

「……あの、ロラン様。私は魔力がありません。だから、私に対して誰一人魔法は使えないのです。魔法が無効になるのです」

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