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7 コルネ 「追跡と逃亡」

これまでのお話


グラファナス捜索のために腕利の猟師であるパントーを必要とした長老たちは、パス(足跡)のコルネと護衛でユエル(狼)のウォーフを森に送った。

7.パントーを探す その2


 当のパントーは牡鹿狩りを楽しんでいた。なかなかどうして、奴はやる。パントーはニヤリとした。見つけたと思った牡鹿の足跡はフェイクだった。また初めからやり直しだ。パントーは木の下で一休みすることにして、牡鹿のコースを推測し始めた。


 コルネはパントーの足跡を追っていた。それにウォーフがついて行く。コルネにとってはなんでもない仕事だ。パントーの足跡をただ追えば良い。気をつけなければいけないのはそれを見失わないようにすることだ。というのも、コルネには全ての足跡が見えるからだ。村の中では無数の足跡が重なって見える。森の中では無数の動物たちの足跡が重なって見える。動物も昆虫も。空中には鳥の航跡が見える。パス衆から口をすっぱくして言われているのは「必要な足跡だけを見ること」だ。コルネは優秀すぎる。全てが見えてしまう。

 パントーの足跡は、安定していた。普通、誰でも多少ふらついたり、一瞬立ち止まっていく道を考えたりするものだが、驚くほど安定している。止まるときは止まる。曲がるときは曲がる。足場の悪いところは慎重に避けられている。歩くにしても止まるにしても一つ一つに明確な理由があるように見える。パス見習いのコルネとしては、猟師としてのパントーを尊敬できると思ったが、罠猟師としてのコルネはなんと罠にかけやすそうな獲物なんだろうと思った。パントーは自らの痕跡を残さないように行動していたが、パスの前ではそれは意味をなさなかったし、なんにしろ理由がある行動は推測しやすい。コルネは考えた、もしパントーを罠を仕掛けて捕まえるならとても簡単だろうと。しかし、それはコルネの子供っぽい考えだった。実際には猟師としての経験が豊富で、デル(鹿)の敏感な感覚を持っているパントーを捕らえるのは難しい。なぜならどこに罠を仕掛けられるかと、どこに罠が仕掛けられているかが解ってしまうからだ。どんなに良いところに罠を仕掛けても、事前に感知されて仕舞えば、その罠は機能しないのだ。

 コルネはすぐにパントーが何をしているのか理解した。牡鹿の足取りを追っているのだろう。牡鹿はまだ若くとても体格がいいことがわかった。爪の大きさと歩幅の大きさ、足跡の深さ。コルネにはその牡鹿が目に見えるようだった。コルネは、追われる牡鹿と追うパントーの姿が見えていた。そしてパントーがいかに優れた猟師であるのか、牡鹿がいかに賢いかを理解した。なんと楽しいレースだろう。コルネは夢中になって足跡を追った。

 ウォーフは黙ってコルネの跡をついて行った。まだ子供なのに、おしゃべりしたり気を散らしたりもせず、とんでもない集中力でパントーを追跡している。ウォーフは感心した。ウォーフも腕があまり良くないとは言え猟師であり、獲物の追跡はお手の物と思っていたが、パスの力はすごい。そもそも、優れた猟師であるパントーの足跡を、ウォーフは全く見つけられないでいた。それをパスは全く迷うことなく追っている。いや、本当に足跡を追えているのかウォーフには全くわからなかった。足跡を見るためにしゃがんだり、行く先を探したりすることも全くなくただ歩いているコルネを見れば、もし熟練の狩人であれば全く信用できないと思ったことだろう。気の良いウォーフはそれでもコルネを全く疑ることなく黙ってついて行った。


 1日分先行しているパントーはゆっくりと鹿を追って坂道を降りていた。まだ温かいフンを見つけたのだ。奴さんはすぐ近くにいるに違いない。この下はすぐ川だ。パントーは慎重に風下から川へ降りていった。すると、奴はいた。もう夕方だ。逆光にシルエットを伸ばした大きな牡鹿が水を飲んでいる。まだ固まっていない角はすでに大きく、これ以上ないほど立派だった。パントーは弓に矢を番えた。


ピリピリ


 デルの敏感な感覚に何かが触った。パントーは弓を構えたまま、視線を辺りに走らせる。川の向こうにふわりとなにやらモヤのようなものが見えた。同時に川向こうの茂みの影に青年を見つけた。見たことがある若者だ。狩猟組合のデルの若者だ。健康そうで清々しい。なんとパントーの獲物を狙っている。パントーは内心苦笑いをした。きっとたまたま見つけたのだろう。パントーは彼よりも早く矢を射ろうと思ってもう一度弓を引き絞った。


ピリピリ


 またあの感覚。もう一度青年に視線を戻すとその向こう側に白い大きな獣が見えた。瞬間、パントーはわかった。ケアールだ!こんな所にグリファナスが出るとは?!グリファナスの狙いは川のこちら側の牡鹿か、それとも川の向こう側のデルの青年か。青年は時としてデルにみられる高い集中力のせいでグリフィナスに全く気がついていない。ここで警告を発すればグリファナスも青年に気がついてしまうだろう。どちらにしてもパントーに選択肢はなかった。


 パントーの目一杯引き絞った弓から矢が放たれる。その矢は真っ直ぐケアールの眉間は飛んで行った。


パンっ!!


 矢がケアールのフレアに阻まれてその肉体に届く前に弾かれる。その衝撃に気がついた青年は後ろを振り返り、初めて見る怪物に腰を抜かした。

 パントーは続けざまに矢を3本放った。そしてどれもフレアに阻まれてた。とはいえケアールは三回とも動きを止めた。それなりの衝撃がケアールに届いているのだ。青年は正気を取り戻して走り出した。それがまずかった。ケアールは、健康なデルの青年の活力をその触手で感じ取り、猛然と襲いかかってきた。パントーは続けて矢をさらに三本連射した。しかし一瞬の足止めにしかならない。矢は尽きた。胸元を探る。お守りとして持っている矢尻を取り出し、予備の矢に括り付ける。これは狩猟組合の正式組合員になったときに組合から送られる矢尻だ。あのデマル翁特製で、フルニ(竈門のグリフ)の火の力が込められてる。デルの青年は地面に倒れながらも矢を放った。それによって一瞬の時間を稼いだ。

 流れるようにパントーはデマル特製の矢を放つ。矢はフレアを破り、ケアールの頭部に刺さった。


ギャーーー!!


 悲鳴のようなケアールの叫び。ケアールにきいた!しかしもう矢はない。パントーは愛用のナイフを抜いて走り出す。なんとか川を渡り、青年を助け起こす。しかし、ケアールはそこに迫っている。パントーはデルの青年を庇いナイフを構えた。


ギャン!!


 灰色の影がケアールに飛びかかった。ユエル(狼)のウォーフが長剣で斬りかかる。ユエルの戦闘力はソーン(巨人)に次いで高い。パワーでは少し劣るがその殺傷力は22グリフ中最高。ウォーフの刃はケアールのフレアを突き抜け、その身を切り裂いた。

 ケアールは驚いた。自分を傷つける者がいるとは思っていなかったからだ。あの小さき者どもがまさかこんなトゲを持っているとは!ケアールは明らかな殺意を持ったユエルのウォーフをそのアンテナで捉えた。ケアールは攻撃を開始した。

 その間にデルの二人は一目散に川を渡った。すぐに茂みに飛び込み気配を消し、さらにそこから逃げる。デルはやろうと思えばオー(沈黙)なみに気配を消せるのだ。

 ウォーフは恐ろしい集中力でケアールの爪と牙を長剣で受け流した。ウォーフにとってはもうケアールしかこの世にはいない。ケアールの攻撃は一発でも当たれば即死を意味した。それでもウォーフはそれらをかわし、うけながし、さらに一矢報いようた剣を振るっていた。


 コルネは離れた岩陰に身を隠していた。ウォーフの活躍が見える。が、いかにユエルが強かろうが、巨人に立ち向かう一寸法師だ。コルネ自身はグラファナスに見つかるわけにはいかない。なんの戦闘力もないからだ。それに気配を消す技もない。さて、コルネがパス衆の面々に特に可愛がられていることは書いたが、それは溺愛と言える。コルネは魔法の道具を持たされていた。これは昔からパスグリフ衆に秘匿されて伝わるお宝だ。命が危ないときに使えと言って渡されている。今こそがそうだとコルネは判断した。すぐ近くでグラファナスが暴れているというのはコルネ史上最大の危機だった。とは言え一人で使う気はなかった。コルネがもっとも大切だとパスの老人たちから教わっていたのは、人の命の大切さだった。溺愛されれば甘やかされるものだが、パス衆はそれをコルネが良い人間になるために心血を注ぐことに尽力することで果たしていた。

 コルネはデルの二人組がどこにいるのかはっきりわかっていた。足跡は茂みの中に続いていた、そこから新しい足跡は出て行ってない。ちなみにそこから空中と飛んで移動したとしてもコルネにはその軌跡が見えるので間違いない。コルネはそこへ駆けて行った。


 パントーは若者を抱くようにして茂みに隠れた。二人とも急な運動と恐怖で汗をかいている。大きく息をしながらも、グラファナスとユエルの戦いを見ている。ユエルは驚くべき働きを示していたが、どんどん押されている。パントーはユエルに加勢いすべく青年の持ち物と自分の持ち物を調べたが、パントーのナイフしかなかった。パントーは弓には自信があったが、ナイフや剣の扱いは不慣れだ。が、こうなれば、若者をこの茂みに残して、パントー自身がナイフを持ってユエルと共にグラファナスに戦いを挑むしかなかった。

 パントーは若者の熱と匂いを感じながらどうにかこの命が助かるように精霊に祈りを捧げ、今まさに飛び出そうとした。そのとき、反対側から小柄な少年が走ってきた。ユエルは単独行動ではなかったようだ。もう一人、被保護者が増えたことにパントーは焦った。パントーが何か判断する前にその少年は迷わずにパントーたちのいる茂みに駆け込んできた。


 コルネはガッチリしたパントーの腕を掴むと大声でユエルを呼んだ。

「ユエル!助けに来て!」

 ユエルはケアールとの戦いに完全に没頭していたが、コルネ少年の助けを求める声は聞こえた。助けを求める声こそ唯一ユエルをその集中力から離れさせる呪文なのだ。ウォーフは剣でケアールの爪を弾くと脱兎の如く声のする方は駆け出した。

 パントーはコルネの危険な行為に驚き一瞬対応が遅れた。その間にウォーフは茂みに到達した。

 コルネは懐の中の魔法道具を握りしめると何事かをつぶやいた。

 そして四人は消えた。煙のように。


さて、消えてしまった男たちはどこに行ったのでしょうか

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