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小1の娘が下校中に女子大生を拾ってきた件

作者: 墨江夢

 自分の子供が、勝手に捨てられた犬や猫を拾ってくる。そんな経験はないだろうか?


 単に「可愛いから」や「飼いたいから」という理由だけでなく、「可哀想だから」と動物を思いやる気持ちが芽生えることは、子供の情操教育に良いのかもしれない。現実問題、飼える飼えないは別として。


 でもさ、でもさ――


 俺・松崎真吾(まつざきしんご)は、小学校から帰宅したばかりの娘の希美(きみ)に頭を抱える。

 希美の隣では……会ったこともない若い女性が、娘の手を繋いで立っていた。


「おい希美、その子どうしたんだ?」

「拾った」


 拾ったじゃねーんだよ。

 犬や猫ならともかく、何がどうなったら20歳前後の女の子を拾うなんて状況になるんだよ?


 妻に先立たれて、およそ3年。娘との二人暮らしは大変だけれども、ようやく慣れてきた。

 仕事が忙しい中でも目一杯愛情を注いできたお陰か、希美は真っ直ぐ優しい子に育ってくれている。

 だからってさ、自分よりずっと年上の女の子を拾ってくるか、普通?


 考えるべきことは沢山あるが、取り敢えず愛娘を見知らぬ女の子から引き離すことが先決だ。


「……希美、手を洗ってきなさい」

「はーい!」


 希美が手を洗う為この場から離れたところで、俺は女の子を睨み付ける。


「で、お前は何者なんだ?」

「フッ。通りすがりのJDだよ」

「ふざけるなら、追い出すぞ?」

「もうふざけませんごめんなさい。……宮森琴葉(みやもりことは)、女子大生をやってます」

「女子大生ねぇ……。それで、娘とはどこで会ったんだ? どういう経緯で、家までついてきたんだ?」


 例えば希美が迷子になっていて、偶然通りかかった彼女が送り届けただけというのなら理解出来るが……その可能性は低そうだ。なぜならこの女からは、酒の匂いがするからだ。

 既に結構飲んでるぞ、こいつ。


「色々あって、昼間から公園で酒盛りしてたんだけどさ。人生どうでも良いやとヤケになって飲んだくれてたところを、希美ちゃんに話かけてもらったんだよ」


 ……どうしよう。想像以上に、ヤバい女の匂いがする。少なくとも、希美を関わらせちゃいけないタイプの人間だ。


「希美ちゃんは「大丈夫だよ」って私の手を優しく握ってくれてね、随分と心が軽くなったっていうか。私は希美ちゃんを、「お姉ちゃん」と呼ぶことに決めたね」

「お前にはプライドはないのか?」

「プライド? そんなもの、つい今朝方燃えるゴミと一緒に捨てちゃったよ」


 乾いたようなその笑顔の中に、俺はどこか陰りがあるのに気が付いた。

 冗談ばかりで気丈に振る舞っているが、もしかしてこの子は本当に深く傷付いているんじゃないか? そんな気がしてならない。


 希美は亡くなった妻に似て、優しい子だ。優しすぎる子だ。だからここで彼女を追い出したりしたら、きっと反発するだろう。


 頑固なところも、母親譲りだからなぁ……。


「取り敢えず、中に入るか? お茶くらいなら出せるぞ?」

「……良いの?」

「その代わり、何があったのか話して貰うけどな」


 訳ありみたいだし、話くらいなら聞いてやるか。





 あまり重い話を娘に聞かせたくないので、希美をお風呂に入らせてから、俺は女子大生の話を聞くことにした。


「大学生が昼間から公園で酒を飲んで、あろうことか小学生に拾われた理由、きちんと話してくれるんだろうな?」

「家に上げてもらってなんだけど……どうしても話さなきゃダメ?」

「既に娘が巻き込まれてるんだ。お前が害のない人間かどうか、見定めさせて貰う」

「親バカかよ。いや、子供を心配するのは、親として当然か。……別に隠すようなことでもないし、良いよ。話してあげる」


 女子大生はコーヒーをひと口啜った後、今日起こった出来事の始終について語り始めた。


「実は、同棲していた彼氏に浮気されてさ。問い詰めたら逆ギレされて、家から追い出されたんだよね」

「追い出された? 彼氏とお前、二人の家じゃなかったのか?」

「そういう理屈が通じない人なんだよ。因みに家賃を払ってたのは私でも借主は彼氏だから、無理矢理住み着くわけにはいかないんだ。本当、困っちゃうよね」

「成る程。それで帰るところがなくなってしまったと。……だったら、ホテルに泊まれば良いだろ? これまで家賃を払っていたんだし、それくらいのお金はあるんじゃないのか?」


 取り敢えず数日はホテルで過ごして、その間に新居を探せば良い。わざわざ公園で飲んだくれる必要はない筈だ。


「話聞いてた? 彼氏に捨てられたんだよ? 1人でホテルに入ったって、楽しくないじゃん」

「頭に「ラブ」が付かない普通のホテルだよ」

「あぁ、そっちね。……無理だよ。お金ないし」

「お金がない? まさか毎日ギリギリの生活をしていたのか?」

「そうじゃなくて。現金もカードも追い出された家にあるの。多分もう、新しい女のブランドバッグに変わってるんじゃないかな?」

「……」

 

 浮気がバレたから恋人を追い出して、そのお金は新しい女の為に使うとか。つくづく最低だな、その男。


「お前には同情する。悪いのはお前の彼氏……」

「元カレね」

「……そうだな、すまん。悪いのはお前の元カレだ。だけど……」

「私をいつまでも家に置いておくにはいかない。でしょ?」


 俺はゆっくり頷いた。


 一人暮らしならまだしも、希美がいる以上妻でもない女性と一つ屋根の下で過ごすわけにはいかない。


「お願いがあるんだけどさ。お金、貸してくれない? バイト代が入ったら、ちゃんと返すから」

「そのくらいは手助けするさ」


 俺が財布を取りに行こうとしたところで、希美がお風呂から上がってきた。


「パパー、お風呂入ってきたよー」


 そう言うと、希美はなぜか俺ではなく女子大生の方へ向かった。


「それじゃあお姉ちゃん、遊ぼ?」

「えーと……」


 ついさっき「いつまでもこの家にはいられない」という結論に至ったばかりなのに。女子大生は、困った顔で俺を見る。


「希美、お姉さんはこれから帰るみたいなんだ。わがままを言っちゃいけないよ?」

「やだ! お姉ちゃんは、私が拾ったんだもん! ……ちゃんとお世話するから、遊んで貰って良いでしょ?」


 今にも泣き出しそうな顔をする希美。……弱ったな。


 俺は女子大生に視線を移す。

 ……話を聞いて、彼女が悪い人間でないことはわかった。寧ろ、被害者だ。

 無害ならば、希美と遊んでもなんら問題ないんだよなぁ。


 何より俺は、娘の涙に弱い。よって――


 俺はため息を吐いた。……仕方ない。


「……新しい部屋が見つかるまでなら、ここにいて良いぞ?」

「……本当?」

「その代わり、娘の遊び相手にはなって貰うけどな」


 こうして俺と希美は、女子大生・宮森琴葉と生活を共にすることとなった。





 翌朝。

 目が覚めると、何やら良い香りが漂ってきた。


「この匂いは……」


 ダイニングに向かうと、キッチンで琴葉が朝食を作っていた。


「あっ! おはよう、真吾さん!」

「おはよう。朝食作ってくれてるのか?」

「穀潰しになりたくないからね。これくらいはしないと」

「そいつは助かる。……今日は大学か?」

「本当は新居を探さないとなんだけど、今日はゼミがあるから、絶対に大学に行かないと。……良い?」

「別に明日明後日出て行けとは言ってない。学業優先で構わないよ」

「ありがとう」


 そうこうしているうちに、希美も起きてきた。


「おはよー。あれ? 今日のご飯は、お姉ちゃんが作ってるの?」

「そうだよー。隠し味は、愛情です♡」


 3人で囲んだ食卓は、どこか懐かしいような、新鮮なような。

 不思議とすんなり受け入れることが出来た。


 3人とも朝の支度を終えて、出掛けようとしたところで、


「あっ、そうだ!」


 何かを思い出したように、琴葉が履きかけた靴を脱ぐ。


「忘れ物か?」

「そんなとこ」


 そう答えた琴葉は……妻の遺影に、手を合わせた。


「いってきます」


 なんだよ。この子、マジで良い子じゃないか。





 琴葉との生活が始まって、1ヶ月が経過した。


 琴葉の新居は、まだ見つからない。多分だけど……わざと見つけていない。

 本人は「条件に合うところがなかなかない」と言っていたけれど、きっと嘘だ。


 そして俺はその嘘を、見て見ぬふりし続けていた。


 白状しよう。俺は希美と琴葉との3人暮らしを、結構気に入っている。


 ある日の仕事終わり、たまにはお土産にとケーキを買って帰ることにした。


 ケーキの入った小箱を片手に自宅へ向かっていると、ふと駅で琴葉の姿を見つけた。


 琴葉も今帰りなのだろうか? 声をかけようとして、思い留まる。……琴葉のすぐ近くに、知らない男がいたからだ。


「……友達か?」


 よくよく見てみると、その男は琴葉と話しているというより、言い争っているように見えた。


 琴葉の表情は、本気で男を拒絶している。……間違いない。あの男は、琴葉を捨てた元カレだ。


 気付いた時には、俺はもう駆け出していた。


 俺は琴葉と元カレの間に割り込む。

 当然元カレは、突っかかってきた。


「何だよ、いきなり。おっさん、アンタ誰?」

「通りすがりの同居人だ。お前こそ、琴葉の何なんだ?」

「彼氏だよ。だから部外者は引っ込んでろ」

「彼氏、ねぇ……」


 俺は琴葉を見る。

 琴葉は思いっきり首を横に振って、否定していた。


「お前が琴葉にしたことは知っている。本当、最低だよ。同じ男として恥ずかしいくらいだ」

「はあ? 見ず知らずのおっさんに、何でそんなこと言われなきゃいけないんだよ? 人をバカにするのも、いい加減にしろよ」

「いい加減にしろ? それはこっちのセリフだ」


 俺は元カレの胸ぐらを掴む。


「琴葉は大事な家族だ! 家族をまた泣かせようって言うなら、俺だって容赦しない! 出るとこ出てやるぞ! おっさん舐めんな!」


 あまりの迫力と法的脅しに尻込みしたのか、元カレは舌打ちしてこの場を去っていく。

 これで二度と、こいつが琴葉に関わることはないだろう。


 一件落着と俺がひと息ついていると、琴葉が抱きついてきた。


「……カッコ良かった」

「そりゃあ、どうも。ケーキが崩れるから、離れろ」


 渋々ながらも、琴葉は俺から離れる。


「あの男、浮気相手と別れたからって復縁迫ってきたの。クズだよね」

「だな。あんな男さっさと忘れて、早く新しい恋を探すことだな」

「うん、だからそうしてる」


 じーっと、琴葉はどこか熱を帯びた視線を俺に向けてくる。

 

 ……この顔、過去に向けられた覚えがあるぞ。他でもない、出会った頃の妻に向けられた顔だ。


 俺は頭をかく。

 弱ったな。何が一番困るって、琴葉から向けられた感情に対して、満更じゃない自分がいることだ。


 希美も待ってるだろうし、取り敢えず、家に帰るとしよう。

 琴葉の新居は、まだまだ見つからなさそうだ。

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