第1話 【賢人会議】
冒険者ギルド。それは説明されなくても意味は若干あいまいではあるが、このサイトの利用者でなくても伝わるだろう。
今から話をする、とある異世界においても冒険者のギルドなるものは存在し、基本的な組織としての形態はほかの作品に出てくるそれと大差はない。
しかし、ここではおもに冒険者ギルドの話をしていきたいので、まずはふわっとしたこの言葉の意味をしっかり確認しよう。
"冒険者"なる、いまいち何をする人なのかわからないふわっとした職業を名乗るためには、このギルドに登録する必要がある。
そして登録した冒険者は、ギルドと呼ばれる同業者の連合体からの依頼を受ける形になる。
ギルドは冒険者の仕事を助ける存在であり、その収益を上げる仕組みは以下のものだ。
まず、ギルドには冒険者とは関係なく仕事をとってくる営業部が存在している。
仕事とは基本的に魔物と呼ばれる危険な猛獣の掃討であることがほとんど。
その際、魔物から得た素材、特に角や毛皮などといった利用価値のある品物は冒険者が回収し、出来るだけギルドに納めることになっている。
一個人の冒険者よりもその筋で売りさばく流通網もギルドは持っているからだ。
だいたい、下手な商人やその連合ギルドよりも魔物系の素材は冒険者ギルドが保有している。
特に貴重なものほどその傾向があるため、仕事をとってくるついでに、素材の納品依頼という仕事も冒険者ギルドの営業部はとってきている。
早い話が、ギルドに所属すると、仕事で魔物を討伐した際に素材の納品を要求され、その利益もギルドが半分以上持っていく。
それが嫌ならば素材の売却ルートや、魔物の討伐依頼をとってくることに至るまでフリーランスの冒険者として、全部自分でやればよい。
言うまでもないが、それを個人でやるのは非常に困難だ。
その冒険者ギルドは一枚岩ではなく、世界各地にバラバラに点在している。
エルダーガルム帝国が十年ほど前に植民地にした「マデイラ島」なる辺境の島にも独自のギルドが存在していた。
この島は比較的大きめで、おおよそ日本で言う屋久島くらいの面積である。
かつ、これも屋久島と同じで独自の生態系が存在する島だ。
となれば当然、珍しい魔物もいてその素材は高値で取引される。
島はまだ全然発展していないド田舎だが、意外とお金の巡りはいい。
そんな理由からか、十年前に植民地になってからというもの移住者や、このギルドに入ってくる外からの冒険者も右肩上がりである。
島はゴールド・ラッシュならぬハンティング・ラッシュといった様相を呈していた。
急げっ。乗り遅れるな。
田舎の島のギルドの上層部が集まる、ギルド本部の最上階にある会議室。
ここで開かれた会議には、何故か議長の席に五歳くらいの小さい女の子が座っていた。
「――で、よろしいですかお嬢様?」
「は、はい、よろしいです」
「聞いてなかったでしょう」
「ギルドマスターはいつやってくるのだ!」
「ただでさえ例の件で騒ぎになっておるというのに!」
ただでさえ忙しい新興ギルド。おまけに人がどんどん増えていて今まで通じていたルールやシステムが通じなくなってきている。
時間はいくらあっても足りない。焦っている営業部長は、娘を代理で出席させて一向にやってこないマスターに腹を立てていた。
するとちょうどいいことに、新しい清潔な服を身にまとい、ひげもキッチリ剃って、今すぐオペラを見に行ったり高級レストランにも入れるというぐらい身ぎれいにしたマスターが会議室に入ってきた。
「悪い悪い。娘は行儀良くしてたか?」
「少なくとも遅刻はされませんでしたね」
「今からでもギルマス交代したほうがいいんじゃないですか?」
などと辛らつなジョークを仲間からギルドマスターは浴びせられ、それでも余裕の表情だった。
「俺が辞めたらみんな困るだろ?」
「お嬢様……いえ、ギルドマスター代理。ここまで話したことをどうかマスターにお伝えください」
遅刻に怒っている営業部長は皮肉交じりにギルドマスターの娘に言った。
娘は父の膝に乗りながら本人なりの解釈を交え、今日に出た様々な意見を伝えた。
「あの……その、お父様。ぶちょう様が遅刻に怒ってました」
「だろうな」
「それは別にいいでしょう。私が言いたいのはその前です」
「えっと、ぶちょう様は"えいぎょうぶへのひなんは、ふとうだ!"って言ってました」
「そうですよ。なんで私たちがアレコレ言われなくちゃならないんですか!」
「どうかしたのか?」
とマスターに聞かれて営業部長は、結局お嬢様に説明させるのをあきらめて再度自分で説明を開始した。
「あのですね、今月も受付嬢や冒険者からの苦情が我々に寄せられているんですよ……特に営業部が無能だと!」
「確かにな。原因は……言うまでもないか?」
「原因が冒険者の増え過ぎにあることは事実です。それに――」
「私たちからも言わせてください!」
などと言って手を上げたのはこのギルドのアイドル的存在であるアニエスちゃんだった。
アニエスちゃんは二十六歳。大人で妖艶な雰囲気があり、落ち着いた対応と優しい笑顔、細かい気配りのできるところなどが人気の独身だ。
毎週のように冒険者から愛の告白をされるのだが、最近はそれに別のものが混じっているという。
「私も心苦しいんです。毎日のようにやってこられる冒険者さんの届け出を断るのは。
ここ最近、冒険者さんから詰め寄られたり……あげく暴言や殺害予告まで受けてるんですよ!」
「それが営業部のせいだと?」
アニエスは営業部長に気を使い、小声にはなりながらも、結局はストレートに本音を言った。
「そうは言わないですけど……でも、営業部の取ってくる仕事が冒険者の数に足りてないんです」
「我々をそうやって悪者にするなッ」
営業部長はすでに顔を真っ赤にして興奮しており、ギルドマスターもこれをなだめる必要に迫られた。
「まあまあ。営業部は普段冒険者と顔を合わせないからな。アニエスちゃんたちが矢面に立たされてるんだ」
「だからそれが我々のせいみたいな印象操作はやめていただきたい。
現にわが営業部は予算は据え置き、仕事の件数も前四半期と比べ、十五パーセントもの増量に成功している」
「いや、ほんとに営業部はよくやってくれてると俺も常々思ってるんだよ?」
とギルドマスターが気休めのようなことを言うと円卓についている一人の紳士が意見した。
「マスター、我々からも言わせてもらえるだろうか」
「どうした、エラン提督」
エラン総督という四十代くらいの男はギルド内部のものではなく、帝国海軍の艦隊司令の一人と、かなり高位の軍人だ。
帝国から見てもこのマデイラ島の生み出す富や資源は無視できない金額となっており、当然これを守るために警備兵を置いている。
その兵士の数は島民の数を上回っているほどだ。その彼がここにいるのは、現状を報告しなければならないと感じたからでもある。
「我々は帝国海軍として、外国勢力や魔物だけでなく、島内の治安を維持し、人々の安寧を守ることが陛下から賜った任務だ」
「うむ。それはわかる」
「住民からの通報で判明したことだが、密漁・密猟や強盗、夜盗などの被害がここ最近、如実に増えているのだ。
理由は……まあ、誰の目から見ても明らかだ」
「ギルドに入れなかった冒険者……あるいは入っても仕事が回ってこなくて生活に困窮した冒険者だな」
そう。アニエスも言っていた通り、仕事がしたいという冒険者をアニエスはどうしても断らざるを得なかった。
営業も頑張って仕事はとってきているのだが、それを上回る速度で冒険者が増えているためだ。
そうなると、この島には血気盛んな割にやるべき仕事はない無職がどんどん増えていくということになる。
治安の悪化は必至であった。
「うむ。実は二日ほど前なのだが、森の中に野営地を発見してこれを摘発……何人かを検挙した。
中からかなりの額になる、魔物の角や毛皮といった素材を発見した。すでにかなりの額が密猟されているようだ」
「なにっ?」
これにはさすがに、さっきからすべてお見通しという風だったギルドマスターも驚いて座っている椅子をゴリゴリと鳴らして立ち上がったほどだ。
「ここは離島だ。密猟品を売るにしても船で海を超える必要があるだろう?」
「島と本土を行き来する船は無数にいる。いちいち全部調べることは不可能だ。
我々はすでに悪化している治安の維持と、海賊対策で手一杯なのだからな」
要するに、帝国海軍の立場としては、帝国に利益をもたらす資源がこの島で採れるので、島の護衛はきっちりやる。
しかし、島の治安が多少悪くなって島民が困っても大したことではないと考えているのである。