ゲーム世界のモブ悪役に転生したのでラスボスを目指してみた 〜なぜか歴代最高の名君と崇められているんですが、誰か理由を教えてください！〜

第二章 王都編

23 貴族に剣技をぶつけてみよう！

　なりゆきで始まった貴族との戦闘。

　先に動いたのは貴族の方だった。

「私の華麗なる剣術で、貴様を切り刻んでやる！」

　そう叫びながら、貴族は剣を大きく振り上げて迫ってくる。

　その光景を眺めながら、俺は脳内でゆっくりと対応を考え始めた。

（いつも通りならいったん剣で受け止めるところだけど……それで刀身が折れたら技が試せなくなるな）

　仕方ない、相手より先にこちらから攻めるか。

　そう判断した俺は貴族より一秒遅れて【錆びついた剣】を構えた。

　そして、今から発動しようとしている剣術について思い出す。

　魔術については特定の種類に限定せず幅広く学んでいる俺だが、剣術に限っては理想が存在していた。

　その理想とはズバリ、『アルテナ・ファンタジア』に登場する剣士ヒロインが使う流派――コバルトリーフ流剣術。

　その中でも今回は、対人に特化した技を使わせてもらう。

　一瞬でそこまでの考えをまとめた俺は、貴族が剣を振り切るよりも早く錆びついた剣を横に薙ぐ。

「コバルトリーフ流剣術――【紫電(しでん)】」

　刹那、音速に等しい錆の刃が貴族の腹にズシンっと埋まった。

「ぐっ、ごえぇぇぇ！」

　切れ味を失っているためほとんど鈍器と化した刃による重い一撃を喰らい、貴族はうめき声とともにその場に崩れ落ちた。

　そして憎しみを込めた目で俺を見つめてくる。

「ごほっ！　き、きさまっ、いったい、何をしたっ！」

「がんばった」

「それが答えになるか！　ふざけおって、どんなカラクリかは知らんがもう容赦せんぞ！」

　貴族は腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

　かなり手加減していたとはいえ、思った以上に耐久力があるみたいだ。

　それともふっくらとした腹が、いい感じにクッションにでもなったのだろうか。

「まあ何でもいいか。こっちとしても、耐えてくれる分には大歓迎だ――【双閃(そうせん)】」

「ごっ、ぐげぇぇぇ！」

　一振りで二つの斬撃を放つ技を使い、さらに貴族にダメージを与える。

　斬撃をまともに浴びた貴族は、再びその場で崩れ落ちてしまった。

　その光景をしり目に、俺は錆びついた剣に視線を向ける。

「すぐに壊れるかと思ったけど、耐久力だけは思ったよりあるみたいだな……」

　これは嬉しい誤算だ。

　なにせ、試したい技はまだまだある！

　しかし、ここに来て別の問題が発生した。

「はあっ、はあっ、ふざけおって……貴様、やはり卑怯な手を使っているな！　でなければ私がやられるなど、ありえるはずがない！」

「……ふむ」

　貴族はまだやる気に満ちているようだが、ダメージによって立ち上がることすらおぼつかない様子。

　こんな相手に技を放ったところで練習にはならないだろう。

「いや、待てよ？」

　そのタイミングで俺の天才的頭脳が妙案を導き出す。

　俺はニヤリと口角を上げ、貴族に上から尋ねた。

「まだやる気か？」

「当然だ！　貴様は必ずこの手で殺す！」

「面白い、その心意気だけは買ってやる」

　そう答えた後、俺は貴族に聞こえないよう小さく呟く。

「【高速再生(ハイリカバー)】、【魔力障壁(オートバリア)】」

　そして二つの魔術を貴族にかけてやった。

　魔術の効果はその名の通り、高速治癒と魔力結界で体を守るというもの。

　貴族は自分の怪我が突然治ったことに驚きながらも、ゆっくりと立ち上がる。

「何やら突然体の調子がよくなり、内側から力が漲ってくる……クハハ、私のさらなる才能がたった今開花したということか！」

　そう意気揚々と宣言してくる貴族。

　そんな彼の前で、俺はさらに笑みを深めた。

　なぜ俺がこれらの魔術を貴族に付与したか。

　その理由など一つしか存在しない。

　そう、それはズバリ――

（よし！　これでここからは手加減することなく、いくらでも剣術を試せるぞ！）

　――まだまだ遊べるドン！

　ということである。

　俺はテンションが上がったまま、突然のパワーアップに喜ぶ貴族に向けて剣を振るう。

「さあ、ここからが本番だ！　今度こそ私の本気を見せてや――」

「コバルトリーフ流剣術――【桜花(おうか)】」

「がはぁっっっ！　い、痛みはあるが体はまだ動くぞ！　次は私の番――」

「【十六夜(いざよい)】」

「ぐぼえぇぇぇぇぇ！　し、しかしまだ私は倒れておらん！　こうなったからには仕方ない、貴様には私の奥義を喰らわせてや――」

「【龍虎(りゅうこ)】」

「ぐふぅっっっ！　ま、待て、何かおかしい気が！　どんどん貴様の速度が上が――」

「【天地(てんち)】【神威(かむい)】【颶風(ぐふう)】【神斬(かむきり)】――最終奥義【星煌剣舞(せいこうけんぶ)】！！！」

「ぐわぁぁぁぁぁああああああああああ！」

　さあ、まだまだ！

　コバルトリーフ流剣術の最終奥義は１３個存在する！

　その全てを放つまで終わらせないぞ！

　そう考え、さらに幾つもの剣技を繰り出す俺だったが――

「あ、あの～、そろそろやめた方がいいんじゃ……」

　――数分後、背後からそんな声が聞こえ、俺は剣をピタッと止める。

　見てみると、貴族は目を白くして失神していた。

　そこでようやく、俺は自分の失態に気付く。

（しまった！　障壁を張っても完全に痛みを感じないわけじゃない！　ダメージで行動不能になるより先に、その部分でギブアップになったのか……）

　こうなるくらいなら、もう少し手加減しておくべきだった。

　そう後悔する俺だったが――

　直後、周囲から一斉に歓声が沸き上がった。

「うおぉおおお！　あの子が憎き貴族を倒したぞ！」

「すごく胸がスカッとしたわ！」

「勇気を出して権力に立ち向かうだなんて、なんて立派な少年なんだ！」

　まずい、これはよくない流れだ。

　せめて俺の正体がバレる前に立ち去らなくては。

「ま、待ってください！　せめてあなたのお名前だけでも」

　俺が救った少女からそんな言葉も聞こえるが、当然そんなお願いに応える俺ではなく、

「悪いが、名乗るほどの者ではない」

　それだけを言い残し、俺は全力疾走で駆け出そうとする。

　しかし、

「待って！　せめてアタシの大切な家族を助けてくれたお礼だけでも言わせて――」

　……ん？

　その声を聞き、俺の耳がピクリと反応する。

　というのも最後の声だけは、これまでの亜麻色の長髪が特徴的な少女のものではなかった。

　それどころか、聞き間違いでなければ『アルテナ・ファンタジア』に登場する、とあるヒロインの声によく似ていた気がするんだが――

「まあ、気のせいだよな！」

　そう判断した俺は、振り返ることなく颯爽とその場から立ち去るのだった。