【第28話】青い重奏曲・月と星のメヌエット
胸に風穴の空いた最大個人マヤテラはそれでも一歩踏み込んだ。
リカリシューに根付くかのようにその歩みは力強い。
元より彼にはもう呼吸はないし心臓だって機能を果たしていなかった。
胸を穿たれても痛くも痒くもなかった。文字通りに。
「グルルルル!!!」
「何とも醜い末路か―――…」
接近される前に教皇ラスの口内から二発目が発射された。
史上最大人間マヤテラの頭が融解し弾け吹き飛んでしまう。
それでも倒れない。ドスン!巨体は前へ動いた。
首から上がない状態で身は捻られ、握られた拳が弧線を描く。
「なに―――…」
ドッッッゴン!!
マヤテラの拳が巨大なラスの顔を貫き粉砕した。
虫の力とは凄まじい物である。
体長一センチ程しかないアリでも自重の数十倍の獲物をアゴで持ち上げたりする。
手のひらサイズのクワガタが時に人の指を切断することもある。
蟲蟲蟲の魔王コルトミューラはそんな虫たちの力を最大限に引き出し、群虫をまさに一個の個体として意思統一させることができた。
頭部という司令塔を失ったマヤテラの身体を動かすのは全身に伸びる筋肉を模した百足たちの束だ。
虫たちは一切の遅延なく連動する。
びちゃびちゃと肉が飛び散り露わになった部屋に教皇ラスは座していた。
彼と椅子は同化しており、さらにはその椅子と床も肉々しく同化している。
しわくちゃのシワが刻まれた白髪白髭の老人は嬉しそうに笑みを浮かべた。
ここ五十年誰も見たことないぐらいなかった教皇の満面の笑みだ。
「良き―――…。良き―――…」
力を得た者は最初に何を求めるだろうか―――
それは試す相手である。
死しても壊れても不動のマヤテラはまるで神からの贈り物のようにラスは思えた。
◆
暗い旋律のクガクの一刃はゴブルを庇ったメリッサの右腕を切断した。
「邪魔するなでさ!!」
「くッ…!【水槍】!」
四方の瓦礫が水に変化して槍のようにクガクへ向かう。
しかし速度に天と地ほどの差があった。
クガクは跳んで二人の背後を取る。
そして痩躯の女が持つには大きすぎる剣の面をかざした。
「【近衝撃】!」
メリッサたちにボフリ!という空気の面に押されるような感触があった。
「う、わ…」
ゴブルとメリッサは外へ追い出された。
そこには地面も床もない。背筋が凍る浮遊感に襲われる。
上層階からの落下が始まった。
「落下死では済まさねぇッ!!ブッ殺す!!」
百戦錬磨のクガクは気付いている。
黒い服の奴とメイド服のこいつらはド素人に見えて超ド級の何かであることを。
彼女の持つ鋭敏な危機察知能力が最大級アラートをこれでもかと鳴らせていた。
この聖地を崩壊まで追い込んだ元凶だ。
最初から油断するつもりなどなかったが、クガクは自身が最も有利なフィールドに二人を連れ込んだ。
すぐクガクも後を追って飛び降りる。
「恐怖しろ!ここでは私が捕食者でさ!」
彼女のスキル【不縛斑獣】は万有引力の法則に縛られず指定した先の天井や壁を自由に走ることができる。
重力が指定した先に向かって作用する。
荒野を走るように剣を振るう獣はガラス窓を疾駆した。
「これはマズい事態ですね!【青い指揮】!」
メリッサが落ちながら魔法を使ってクガクを迎撃することを試みた。
場には落ちている三人以外にもマヤテラと教皇ラスの激突によって砕かれた落ちた瓦礫が降り注いでいる。
それら瓦礫を操ってメリッサはクガクを狙う。
瓦礫の落下が不自然な軌跡で曲がり渦巻いて大教会の側面へ衝突していった。
しかしやはり速度が違った。
クガクはその全てを避けきっている。
狙い定め位置に瓦礫が衝突する時にはクガクはもうそこにいないのだ。
「遅い!遅いでさぁ!!」
ならばもっと物量を増やせばいい。
「静寂たる月!澄雫の星!【暴虐の青い彗星】!!」
瓦礫を操作しながらメリッサは頭上、大教会の側面横にいくつもの水の球体が発生させた。
これにはクガクも驚いた。
人間には抗えない根源的恐怖がある。落下もその一つだ。
まともな奴ならこんな落ちながら高技術魔法をこう易々と放てたりはできない。
「やっぱりこいつら、化物でさぁ…」
美しい水色の波動砲が次々とクガクに放たれる。
追尾する波動は放射開始から十秒ほど続き。
流星の如く降る瓦礫も途切れない。
溢れんばかりの魔力の奔流がクガクの姿を飲み込んでいった。
「どうですか。魔力は読むのではなく奏でるものなんです」
恐ろしく精密な魔力コントロールによって―――
メリッサは片手だけで波動と瓦礫の青い連弾曲を演奏しきってみせた。
だが。
「【近衝撃】!!!!」
リバルの剣が襲い狂う障害物を一瞬だけ押し返した。
一瞬だけ道が生まれる。
一瞬。彼女には一瞬さえあれば事足りた。
「…ッ!?」
気付けばクガクより投げ込まれていた剣によってメリッサの残っていた方の腕は切断されていた。
「リバルは私より強かった!!」
大ダメージを受けているクガクはそれでも駆動する。
既にメリッサの目の前にいた。
手に持つ獲物は軽い自分用のナイフだ。
二人は互いに殺せる間合いに入る。
「【人魚の瞳】!」
メリッサの両目から鉄板をも両断する水圧カッターが射出された。
顔をずらしてクガクは避ける。
頬が裂けたが、代わりにメリッサの首を半分裂いた。
「がひゅっ!」
両者の身体はすれ違っていく。
「【近衝撃】!!」
メリッサの後方の瓦礫に突き刺さっていた剣が声に応答しスキルを吐いた。
空気の面にクガクは押される。
そしてまた二人は交差しようとした。
「黒の…、王…」
「お前らに油断はねぇでさ!」
メリッサは背後からの攻撃に反応できず半分斬られた首のもう半分を斬られた。
完全に頭と胴は分断されてしまった。
万が一を考えクガクはその首を蹴り飛ばしてガラス面に着地する。
地面までは近い。十分だ。
クガクは跳んだ。
スキル【不縛斑獣】の指定先を瓦礫に変えてしまえば彼女は不安定なこの場であっても水面のボートを跳び乗り介す感覚でゴブルに近づけた。
「リバルによおおおおお!償えええええええええ!!!」
無気力に落下を続けるゴブルにクガクは凶刃を向ける。
グポポポポポポ。
その背後で首を失ったメリッサの身体が膨張し泡立ち変貌していくのに彼女は気付いていなかった。




