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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第96話 第7章「森の中へ」その11

 宗次はここで言いたいことを言ってしまおう、という気分になった。

「その通りです。もし今準備している以上の軍勢が必要とわかれば、王府ももっと本気にならざるを得ません。ところで北方の蛮族に関して、あなたがた鎮守府は本当にいま共有している以上の情報をお持ちではないのですか?」

「…というと?」

「これはあくまで慶恩の都界隈の噂なのですが、」

 宗次は続ける。

「北方鎮守府は王府の許しを得ず、北の大崖の向こうにある蛮族の王国と秘密裏に手を組んでいる、との噂が絶えないのです。なので過去計画された侵攻計画も失敗に終わったと」

 宗次は言いながら一抹の後ろめたさを感じざるを得なかった。

 その類の噂は確かにあるものの、宗次の言い方は誇張されていたからである。

 そして一刹はそれに感づいているようであった。

「まず事実を申し上げると」

 一刹は強く自制しているように落ち着いた口調で話した。

「我々も独自に北方の調査をしていることは事実です。それが職務ですからな。そしてその内容も逐一慶恩の王府に報告しております。北方の情報が少なく苛立つ気持ちはわかりますが、それは我らとて同じことなのです」

「では成錬派はどうなのでしょう?」

 宗次は食い下がった。

「成錬派はあきらかに北方の影響を受けて成立した宗派と言われています。その僧の中には秘密のけものみちを使い、いまだに北方に出入りして蛮族の教えを受けている者までいるというではないですか」

 それを聞いた一刹の、威厳に満ちた彫りの刻まれた顔にわずかな動揺が走るのが宗次にはわかった。

 それだけではない、後ろにいる雪音と禄郎まで緊張を高めてこちらを見つめたまま黙って立ち尽くしている。

「北方の蛮族どもが成錬派を通じて神奈ノ国をまず思想的に侵略しようとしている、と思えばこその今回の斎恩派の決定なのではないですか?」

 宗次は畳みかけた。

 同時に苛立ちと怒りがこみ上げてきた。

 宗教のことなど興味はないが、成錬派が北方からもたらされたものだとすれば、それを信奉している時点ですでに裏切り行為ではないか。

 そんな奴らのために父上は命を落とした…

「ともかく、」

 気まずい空気が満ちるなか、宗次は黙ったままの一刹に告げた。

「我らももちろん協力するので、阻壁に使っている土嚢の撤去を明日からでも開始しましょう。それと明日にでもわたしは精鋭の部下を連れて“橋”を渡ってみましょう」

 それだけ告げると宗次は黙って心配そうに見守っていた佐之雄勘治に目くばせし、半ば背を向けて立ち去ろうとした。

 ここではじめて雪音が口を開いた。

「でも、あの阻壁は北練井と周辺領地の蛇眼族と常人が苦労して、何日もかかって積み上げたものですわ。北方からの奇襲の可能性が残る限り、こちら側からの侵攻が始まるぎりぎりまで残しておいても良いのでは?」

 宗次の気分はまだ少し高ぶっていた。

 彼は雪音に向き直ると言った。

「雪音殿。ずいぶんと常人を気遣われるのですな。だが気を付けなければならないのはあなた自身のようですぞ。王府からの(しのび)の者が探るのは北方の蛮族どもだけでない。あなたがた北部諸侯も対照なのです」

 雪音は目を見開いたまま黙り込む。

 一刹が雪音にちらりと視線をやり、それ以上堅柳宗次に議論を吹っ掛けるな、という合図を送る。

 宗次は付け加えるように言った。

「雪音殿が学問所の御学友と仲良くされるのは良いが、だからといって常人の寺男(てらおとこ)風情とまであまりに親しくなるのはいかがなものか、という意見もあります。私には全く関係ないことですが」

 それを聞いた雪音が真っ青になっていくのが誰の眼にもわかった。

 宗次はまだ大人にもなりきっていない女子につまらぬ告げ口をしてしまったか、とまた少し後ろめたい気分になった。

「それでは」

 宗次は背中を向け、足早に立ち去っていった。

 佐之雄勘治が鈴之緒家の二人に礼をし、賀屋禄郎にそれではまた後ほど、と告げて主君について行く。

 雪音は呆然として青い顔で立ち尽くしたままだった。

 愛馬の風切丸までもがそんな雪音を心配そうに見てヒヒン、と鳴くと彼女に手綱を持たれたままその頭を彼女にこすりつけてきた。

「どうして…」

 雪音は馬場から去り行く堅柳宗次を見ながらつぶやくように言葉を漏らした。

「どうしてそんなことがわかるの?」

「気を付けなさい」

 完全に平静を取り戻したように見える一刹が娘のほうを見て静かに言った。

「我らも知らぬ慶恩からの(しのび)がこの北練井に多く潜伏しているらしいのは前から知られていることだ」

「でも…」

 雪音は顔色こそ普段に戻って来ていたが、まだ気持ちはうろたえたままだった。

「どうして私の些細な人間関係まで?」

「それだけお前に注目しているということだろう」

 一刹は答えた。

「王府がどれほどわたしたち北部諸侯と成錬派を警戒して見ているか、それはわかった。

どうやら思った以上のようだな。その点に関しては私も甘かった」

「はい…」

「そして雪音、お前に“(りゅう)(がん)”の才能のあることはすでに噂が広まっている。私は隠しておきたかったのだがな。だから王府がおまえをことさら警戒していると考えても不思議はなさそうだ」

「でも…」

「いずれにせよ気を付けるのだ、雪音よ。お前ももちろん、お前の友人たちも何かあったときに巻き込まれないように」

 一刹はそういうとその場から立ち去っていった。

 賀屋禄郎が雪音に一礼してついて行く。

 後にはただいやな予感で再びさえない顔色となった雪音と彼女に心配そうに寄り添う風切丸が残されたのだった。

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