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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第93話 第7章「森の中へ」その8

少年たちは一斉にこちらを向き、動きを止めた。

大きな少年たちだけでなく、からかわれていた少年、野菜売りの老婆まで時間が止まったかのように立ち尽くした。

子供たちは子供に特有の感性で、そして老婆は経験からくる洞察力で悟ったのだった。

この人は常人ではない。

蛇眼族だ。

それも元からここにいる、北部の蛇眼族ではない。

王都・慶恩(けいおん)のある中央から(いくさ)をしに来たと言われている“怖い”蛇眼族の人だ。

佐之雄勘治が極力気配を消して斜め後ろから近づいて来る。

宗次は振り返り、勘治をちらっと見て、介入は不要だ、と目で伝えた。

勘治は立ち止まり、それ以上近づかなかった。

宗次は向き直り、常人たちに自分が何者であるか悟られたのを感じながら、極力穏やかに言葉を続けた。

「常人の子供たちよ。先ほどからおまえたちを見ているが、からかうという限度を超えているように思えるな。多人数で一人をいじめるのは良くないと思うが、どうだ?」

さっきは我が物顔をして大根で少年の頭を叩いていた大柄な少年は、真っ青な顔をして震え出した。

もちろん宗次はこんなことに蛇眼は使わなかったが、大柄な少年はまるで蛇眼にかけられたようであった。

「ご、ごめんなさい」

大柄な少年は甲高い声を何とか絞り出すと手に持った大根を放り出し、背を向けて走り出した。

他の取り巻きのような少年たちも青い顔をしながら大柄な少年に続き、走って逃げて行った。

「もうこんなことはやめておくのだぞ。それに食べ物を粗末にするのも良くない」

宗次は少年たちの背中にそう呼びかけ、かがんで地面に落ちた大根を拾った。

それをいじめられていた少年に差し出す。

「あ、ありがとうございます」

小柄な少年は蚊の鳴くような声で言うと大根を受け取り、両手に野菜たちを抱え直した。

「驚かせてすまぬな。わたしも似たような経験をしたことがあるのでつい口を出してしまった」

宗次は小柄な少年に軽く微笑んだ。

小柄な少年は心から驚いたような顔をした。

こんな強そうな蛇眼族のお侍さんがいじめられっ子の自分と似たような経験?

「いや、ほんの子供の頃の話だ。いまのお前と同じぐらいの頃だろうな。ところでお前、こちらのお婆さんにもう野菜のお代は払ったのか?」

小柄な少年は首を横に振った。

「あとでお母さんが払ってくれるんです」

と言う。

宗次は軽く微笑んだまま(ふところ)から巾着(きんちゃく)(ぶくろ)を取り出し、その口を緩めて手を突っ込むと何枚かの硬貨を取り出した。

神奈ノ国の共通銭である。

「こんなもので足りるか?」

と宗次は言いながら老婆に手渡した。

老婆はそれを両手で受取り、呆気にとられたようにうなずいた。

「釣りは要らぬ。少年よ、お前は母親に言われてお使いに来たのだろう?」

少年もまた呆気にとられたような顔でうなずいた。

「なら早く帰って母上に野菜を届けてやれ」

それを聞くと小柄な少年はまたうなずき、

「ありがとうございます。お侍さま」

と先程の返事よりしっかりした口調で礼を言うと頭を下げ、踵を返して野菜を抱えたまま小走りに去ろうとした。

すると少年はあわてていたためか、いつの間に小柄な少年の後ろで腕を組んで道に立っていたもう一人の侍風の男にぶつかってしまった。

「す、すいません」

小柄な少年はあわてて謝り、止まってその長身の男の顔を見上げる。

そしてその面長な顔つきと冷たさを(たた)えた両眼を見て思わず震え上がった。

この人も蛇眼族だ。しかもさっき自分を助けてくれたお侍さんよりも、たぶんもっと“怖い人”だ——。

小柄な少年の心にそんな直感が走った。

その長身でやや細身であり、面長な侍風の男は少年には目もくれず、ただ()()()として低い声で言った。

「気を付けなさい。せっかく堅柳宗次(けんりゅうそうじ)殿に助けて頂いたのだから」

「は、はい。すいませんでした」

小柄な少年は改めてうわずった声で言い、ぺこりと頭を下げるとそのまま走り去った。

面長な男と堅柳宗次は少しばかりの距離を置いて相対することになった。

面長な男は組んでいた腕を解くと丁重に一礼した。

どうやら見覚えがあるが誰だろう、私の名を知るこの男は——。

宗次がそう思っているといつの間に彼のすぐ斜め後ろまで近付いていた佐之雄勘治がささやいてきた。

「宗次様、曾我(そが)(へび)八郎(はちろう)殿です。蛇眼の忍団(しのびだん)首領の」

宗次は思い出した。

「お会いするのは二度目となります」

蛇八郎は改めて軽く礼をした。

宗次も軽く会釈し、警戒しつつ改まった調子で話しかけた。

「我らの旅の途上でのことか…。あのときは加勢して頂き、助かった」

「たいしたことでは御座いません」

蛇八郎はにやりとするのと無表情の間のような顔をして返した。

「あれからわれらも手を尽くしましたが北方からの忍びをあれ以上追うことは出来ませんでした」

「そうだったのか」

「はい。ところで堅柳様。慶恩の都から北方侵攻計画の本隊が出発した件は御存知ですか?」

宗次も、後ろにいた勘治も思わず驚いた表情をする。

「まだでしたか」

蛇八郎はこともなげに言う。

「明日にもなれば都からの伝書鷹が伝えてくれるでしょう」

「ではなぜあなたはその情報をどうやってより早く手に入れたのですか?」

佐之雄勘治が疑わしそうな目で蛇八郎を見ながら尋ねた。

「われら蛇眼の忍団には独自の情報伝達路があるのです」

蛇八郎は答えた。

「それに我らは貝那留(かいなる)王朝直轄の組織であるゆえ、国王から直々に情報を頂くこともあります。ですからとりわけ王府の決定事項に関しては早く情報を把握できるのです」

「結構なことだな」

宗次は答えたが、その答え方は喧嘩腰に聞こえなくもない。

宗次はどうもこの蛇眼の忍団首領が好きになれなかった。

この男、曾我蛇八郎の放つある種不気味な空気のせいもある。

そしてそれより、蛇八郎が国王や王府の話を匂わせて、まるで国王の命で堅柳宗次のお目付け役をしているように振舞っているように感じるからだった。

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