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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第87話 第7章「森の中へ」その2

「大丈夫じゃ。彼らが来るであろうことは知っておったよ」

と洞爺坊はこともなげに言った。

「最近は一刹様も何かとこの老いぼれに使いをよこして情報をくださるものでな。おかげで時節に乗り遅れずに済んどるわい」

「そ、そうなのですか」

若い層雲坊はまだ息が荒かった。

「それで我々はどうすれば——」

「どうもせん。いまはな」

洞爺坊は層雲坊の問いに簡潔に答えた。次いで蒼馬の方を向き、

「蒼馬や。来たのは堅柳宗次殿が率いるいわば先遣隊じゃ。少なくとも彼らのうちの何人かは北練井の城へ向かい、手始めに鈴之緒家と会談するじゃろうな」

と言った。

「はい」

とだけ蒼馬が答えると、洞爺坊は続けて、

「わしも後から彼らと会う機会もあるじゃろう。蒼馬、もし間に合うのならお前も彼らと一緒に大通りへ戻って彼らを観察し、層雲君や赤間君と共にわしに後から教えてくれんかの」

と言った。

「僕もですか?」

と思わずきいた蒼馬に、洞爺坊は

「そうじゃ。なるべく多くの人の印象を聞きたいからの。わし自身は最近急いで歩くこともおぼつかないでな」

と答えた。


そんなわけで、蒼馬と康太、層雲坊の三人は急いで大通りへ取って返すこととなった。

急ぐ彼らの傍らをもっと早く常人の町人や子供たちが大通りへ向けて走っていく。

「慶恩の都から軍が来た!」

とか、

「北へ攻め込む軍が来たぞ!」

などと口々にともに走る仲間に興奮した面持ちでしゃべっている。

蒼馬も急いでいる間に鼓動が早く打ち始めた。


彼らが大通りに到着したとき、ちょうど軍の列が近づいて来るところだった。

蒼馬たち三人は息を切らせながら、大通りの両脇にずらりと長く伸びている群衆のなかに入った。

群衆は軍列が近づくまではあれこれと言葉を交わしざわめいていたが、いよいよ彼らが近づくと次々と無言となり、直立不動に近い姿勢から深々と頭を下げた。

いつしか定まったことではあるが、常人たちが蛇眼族の率いる軍隊に遭遇したときはそうやって軍が視界から消え去るまで動かないのが決まりとなっている。

そのようにして常人は恭順の意を示し、謀反の意志が無いことを表さないとならないのだった。

()が高―い!」

軍のなかから誰かが声を張り上げ、蒼馬たちとその周りの群衆も慌てて頭を下げた。

軍列はまず騎馬兵から始まっていた。

十数頭、慶恩の都からの騎馬兵と北方鎮守府からの代表が何騎か並んで馬をゆっくりと進ませている。

先頭にいるのは鈴之緒一刹、おそらくその横にいるのは堅柳宗次という人だろう。

そう思って蒼馬はわずかに頭を上げ、上目遣いでちらりと騎馬たちの列を見た。

そして一刹の後ろに雪音を見つけた。

いつものように彼女の愛馬、(かぜ)(きり)(まる)(またが)っている。

ただいつにも増して重い色調の服を着ているのと、いつもよりずっと固い表情をしている。

正直、はるばる慶恩の都から遠路を旅してきた先遣隊を歓待している表情だとはとても思えなかった。

一瞬雪音と目があったような気が蒼馬にはしたが、雪音の表情は変わらなかった。

ただ、いまは動かないで…、と訴える気持ちが伝わって来たような気がしたので、蒼馬は頭をさらに上げるような真似はしなかった。

ふと、上目遣いのまま視線を前方に戻す。

すると蒼馬と馬上の堅柳宗次の視線が一瞬だけ合った。

蒼馬は自分の体に寒気のようなものが、頭から足に走っていくのを感じた。

蛇眼なのか?と一瞬思うが、堅柳宗次の眼は光ってはいない。

()が高い!」

慶恩から来た騎馬兵の男が一人、再度声を張り上げた。

蒼馬たちは慌ててさらに頭を深く下げた。

こんな風に怒鳴られることは北方鎮守府の軍を相手にするときは無く、鈴之緒家の軍と常人たちとの関係がどれだけ平和だったか、蒼馬含め大通りに群がった北練井の人々は改めて思い知った。

声を上げた騎馬兵は雪音の隣で馬を進ませていた。

「まったく北部の田舎者は…」

と小声で毒づき、雪音が風切丸の上から無言で鋭い視線を投げかけると気まずそうに黙り込んだ。

騎馬兵の後からは百名弱とも思える歩兵が続く。皆足取りはさすがに疲れているようだった。常人たちの軍隊だ、と蒼馬は頭を下げながらも気付いた。

結局軍列の行進が北練井城前の広場に向かって消えていくまで、蒼馬たちは動かずに頭を下げ続けたのだった。

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