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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第83話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その14

生き残っている三人が声のした方向に目をこらすと、その森の中に突然灯りが()くのが見えた。

誰かが隠していた提灯(ちょうちん)を取って火を点けたようであった。

提灯の灯りが近づいて来る。

森を出ようとしていた。

提灯の灯りが近づくにつれ、その表面に描かれた紋章と文字も明らかになった。

三匹の蛇がお互いの尻尾に食らいつき、輪を成している紋章。

その横には“蛇眼之忍団”と墨で黒く書かれた文字がある。

(じゃ)(がん)忍団(しのびだん)……」

慶次郎が呆気にとられたように(つぶや)いた。

「気をつけろ。本物とは限らん」

堅柳宗次は刀を構え、提灯を持った男を見据えたまま横の慶次郎に言った。

「疑われても仕方がないですな」

提灯を手にした男が森から出てきた。

先程彼が斬ったのであろう男と同じく、黒づくめの動きやすい着物に包まれている。

黒頭巾で顔を覆っていたが、彼は空いている方の手でそれを下げて自らの顔を(さら)した。

「我こそは蛇眼の忍団頭領、曽我(そが)(へび)八郎(はちろう)でござる」

面長で彫りの深い顔がかすかに不敵な笑みを浮かべる。

そして懐から何やら丸みを帯びた小さな箱のようなものを取り出した。

「これが貝那留(かいなる)王府、総麗(そうれい)王より直々に(たまわ)った印籠(いんろう)でござる。堅柳宗次さまならこの意匠に見覚えがありましょう」

と言って宗次に近づき、それを手渡す。

宗次はそれを慎重に受け取ると、蛇八郎と名乗る者がかざす提灯の灯りにそれをかざすようにして吟味した。

紅い紐と根付が取り付けられた、片手で握れるぐらいの丸みを帯びた木製の小箱である。

木製とはいっても黒く光る(うるし)が全面に厚く塗られており、その上に細かく鮮やかな色で複雑な絵が描かれている。

松竹梅をはじめとした様々な植物、そのなかでとぐろを巻き、頭をもたげる蛇……

堅柳宗次が覚えている、と言うより王府の命で隠密に動いている者を見分けるために覚えなければいけなかった意匠であった。

「わかった」

宗次は頷き、すこし後ろにいる春日野慶次郎ともう一人の家来に

「たしかに王府直属の忍のようだ」

と告げた。

蛇八郎はまた不敵な笑みを浮かべると後ろを振り返り、片手を上げて、

「いまはわたしのそばにひとりだけ部下がおります。おい、ここに参れ」

と少し後ろを振り返って闇に包まれた森の茂みに向かって呼びかけた。

すると全く気配がなかったのにもうひとり黒装束の忍者がひらりと茂みを飛び越えて蛇八郎の隣にかすかな音のみで着地した。

慶次郎ともう一人の武士は驚きで目を丸くした。

宗次は表情ひとつ変えず、

「おまえたちはいつからこの森に潜んでいたのだ?」

と二人の忍者に尋ねた。

蛇八郎は、

「さほど前からではございませぬ。祭りが始まってしばらくしてからでございます」

と答えた。続けて、

「総麗王が会議にて表明された通り、我らは(かげ)よりこの度の北方遠征の力になるよう、命ぜられております。大変失礼ながら宗次様が慶恩の都を発たれてしばらくしてから、宗次様の断りなくその後を追わせて頂いておりました。そしてもとより北部に散っている我が部下より、この辺りで北方の蛮族どもが南下してきて我ら神奈ノ国の動きを探っているとの情報を得たのです」

「おぬしらもあの旅芸人どもが北方からの忍者たちとにらんだのか?」

宗次がなおも尋ねる。

「左様でございます」

蛇八郎は冷静に答えた。

「祭りがはじまってからそのように感じました(ゆえ)、こちらに潜んで様子を伺っておりましたところ、このような騒ぎが起こったのでございます。これは奴らにとっても予想外のことであったようです」

「そうなのか…それで、いま奴らは追えているのか?」

「はい。わたしの部下の残り五名に追うよう命じております。ただし彼らには霧の民が味方についております。この辺りの森は言うなれば彼らの領分。残念ながらわたしの部下も追っているうちに森で迷わされる可能性があります」

「深追いはできん、ということなのだな」

堅柳宗次は珍しく悔しそうな素振りを見せた。

一方で春日野慶次郎は野原でかがみ、そこに倒れている三つの遺体を確認していた。

まず北からの忍者たちに殺された堅柳家家来の武士二人。

精密に測ったかのように、額の真ん中に小刀型の手裏剣が突き刺さっている。

脳をやられ、即死に近い状態であった。

慶次郎は一人ずつ額から手裏剣を抜き取ってやると、それぞれの遺体に手を合わせた。

くそっ、この(かたき)は必ずとってやるからな、と思わず呟く。

続いて北からの忍者の死体ひとつ。

目の前にいる二人の蛇眼の忍団のうち、いずれか、もしくはどちらにも斬られたのであろう、黒装束が背中で大きく切られ、そこからいまだに血が流れている。

慶次郎は嫌悪感を露骨に顔に出しながらその黒装束の遺体に近付いた。

「慶次郎よ」

堅柳宗次が呼びかける。

「はい」

慶次郎は宗次に向かって振り返りながら返事をした。

宗次は続けた。

「亡くなった我らの武士はこの地で手厚く葬ってやろう。故郷の家族がいれば渡す形見がいるな。北の忍者の亡骸(なきがら)はどこか屋内に運んで検分しよう。なにか彼らに関してわかるかもしれん。その後で首を(さら)してやる。彼らにも見える場所でな」

「…わかりました。では」

と、慶次郎は指示に従うべく動き始めた。

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