第81話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その12
ともにこの列島世界を旅して頂いているみなさま、いつもありがとうございます。
みなさまがともに旅してくれていることが、わたしの励みになっています。
さて、いままで行を変える際、一文字分空けていたのですが、今回は段落を変える意図がない限りそれを止めています。
ただ煩雑なように感じたからです。
枝葉末節である書き方の問題ではありますが、それも含めなにかご意見・ご感想ありましたらどうか遠慮なくお願い申し上げます。 作者より。
堅柳宗次が騒ぎに感付き、その場に駆け付けたのはそんな時だった。
そのずっと後ろから腹心の部下である佐之雄勘治もぜえぜえと息を荒くしながら駆けてくる。
一方の宗次はさすがに駆けてきた後も息一つ乱れていない。
宗次は辺りを見渡し、春日野慶次郎を見つけた。
「どうした?納屋が火事になっているな」
宗次が慶次郎に声を掛ける。
「はい!部下と村人が消火にあたります!」
慶次郎が息せき切ったように返事をする。
「それより宗次さま!忍です!」
「忍?北からの、と言いたいのか?」
「はい!あの旅芸人一座がそうなのです。私たちを処刑の儀式のときに襲撃した奴らと多分同じです。彼らが変装しているのです」
「その…確かなのだな?」
「先の襲撃事件のとき、かれらはみな頭巾を被っていたので顔はわからんのですが…うかつなことに、同じ気配を出していたのにまさか、と思っていたのです。それで、どうもいま燃えている納屋のほうで奴らが“蛇眼破り”を使ったようなのです」
「なに?」
宗次もその単語に反応して、かすかに身を緊張させた。
「どうも話が見えんが、旅芸人一座が怪しいというのであればまずは捕えて問いただすべきであろう。おい、すぐ兵を集めよ。彼らが忍だとしたら逃げ足は速いぞ」
「はっ!」
慶次郎は素早く返事すると彼の周りに当惑しながら立っていた数人の騎馬兵たちに、
「聞いていたであろう、行くぞ!」
と声を掛ける。
彼らは慶次郎の直属である蛇眼族の騎馬兵たちであった。
もちろん日々剣術など武術の訓練も受けている。
訓練の効果か、いままでの祭りの浮かれた空気から一変した中で命令を受けても、すぐ反応することができた。
数人の騎馬兵たちは腰に差した長刀の位置を正し、堅柳宗次と春日野慶次郎が駆けていくのについて行った。
かれらが走り寄ったのは、すでに燃え盛っている納屋とは広場をはさんで反対側にある小屋であった。
旅芸人一座が祭りのたびに村から借りる小屋である。
小屋の表側は祭りの場にある篝火の灯りが届き、夜でもよく見えている。
だが裏側には灯りが届かず、暗闇が広がっている。
小屋の裏側にも扉があるようなのだが、そこを出ると野原をはさんですぐに高い木々が茂る森がある。
その森は中津大島の背骨といわれる中央山脈の大森林地帯とつながっていた。
彼らにとっては極めて都合の良い小屋だな、と宗次も慶次郎も思う。
なにかまずいことがあれば裏側の扉から逃げて森へ逃げ込める。
そこを奥深く進めば、彼らの味方であろう霧の民しか入れない広大な山地と“霧の領域”がある。
蛇眼族も知らない領域だった。
小屋の窓から、ゆらめく蝋燭の灯りが漏れている。
堅柳宗次が囲めっ、とだけ言うと宗次自身も含め総勢八人の蛇眼族戦士が半分に分かれ小屋の前後を挟んだ。
四名は完全に小屋の裏に回り、森との間にある野原に立つ。
宗次が腰から長刀を抜くと皆も命令を待たず同じように刀を抜いた。
宗次と慶次郎は並んで小屋の表側に立っている。
二人の構えた刀身に篝火の灯りが反射し、ぎらぎらと光った。
「慶次郎」
宗次が小屋を見据えたまま、強いささやき声で横に立つ慶次郎に言った。
「まだ傷が治りきっていないのだろう?無理するなよ」
「大丈夫です」
慶次郎も同じく視線を逸らさないまま強いささやき声で返した。
小屋の中は静かなままだった。
ただ小さな格子窓から蝋燭の灯りらしきものだけがゆらめいている。
「武士たちよ」
宗次は小屋を包囲した武士たちに呼びかけた。
「かれらがもし北からの忍であれば“蛇眼破り”を使うやもしれん。みな初めから蛇眼の用意をしておけ。もしそれが破られたら刀の出番だ」
武士たちは小さく「了解」と言って頷くとわずかの間両眼をつぶった。
そして彼らが眼を開けたとき、そこに見えるのは紅色に燃える光、蛇眼であった。
宗次、慶次郎の両眼も同様に紅色の光を発している。
暗闇の野原に集団で立ち、長刀を構えて両眼を紅色に光らせる武士たちはいかにも蛇眼族である。
なにか人間とは別種の不気味な生物の集団のようである。
彼らは刀を構えたままじりじりと小屋に迫っていった。




