第8話 第1章「北練井の学問所」その2
「常人の子らよ」
鈴之緒一刹は馬の上から蒼馬たち三人にそう呼びかけた。
子供ながらに蒼馬は違和感を覚え、雪音がさっき言ったことに共感せざるを得なかった。蛇眼族だって蛇眼が使えること以外は普通の人間じゃないか…
一刹は続けた。
「いつも私の娘と遊んでくれること、感謝する。ありがとう。これからもそうしてくれることを願っている。実際君たちが大人になるころには、我々蛇眼族と人間たちがもっと友好的な関係を築くことを私は目指しているのだ。君たち北練井の子供たちが大きくなったらその先駆けになってくれることを願っている。そのためにというわけでもないが、今日見たことは決して口外せぬようにな」
子供たちには一刹の言うことが半分も通じず、ただぽかんとするだけだった。
「きょう雪姫さまのしたことはぜったい秘密にするってことですぞ」
禄郎が飄々としたにこやかさを取り戻し、馬の上から主君の言葉を子供たちにわかる言葉に翻訳した。
そして彼らは行ってしまった。蒼馬は別れ際にちらりと振り返った雪音の寂しげな顔を見た。
「なんだ。結局蛇眼族ってふつうの人間のことバカにしてんじゃないか」
彼らが去った後で赤間康太が吐き捨てるように言った。
「常人は常人はってさ。やっぱり俺は蛇眼族なんかきらいだ」
今思えば、康太はそんな子供時代の思いと、それから起こったことで決定的に蛇眼族を憎むようになってしまった。今思えば、だが。
だがそのときはそんな事を知るはずもなく、彼の見せる嫌悪感の強さに蒼馬はただ戸惑っていた。
すると椎原加衣奈が康太を見すえて言い返した。
「じゃあ雪音ちゃんのこともきらいなの?いつもいっしょにあそんでるのに」
「雪音ちゃんのことはべつだよ!雪音ちゃんじゃない蛇眼族がきらいって言ってるんだ」
蒼馬はそんな二人の会話を横で聞きながら、空き地の向こうにある北練井の街並みを超え、城に向けて雪音たちが消えていくのを目で追っていた。
蛇眼族が人間の心を支配し、言うことをきかせるのなら見たことがある。
でも雪音は自分たちと遊ぶとき、絶対に蛇眼を普通の人間である自分たちに見せなかった。
厳しい父の教えを守っていたのだろうし、そんなことをすれば蒼馬たちが二度と自分を同じ仲間とみなして遊んでくれなくなるであろうことを子供心に感じ取っていたのかもしれない。
そんな雪音がさっきは気まぐれな怒りにまかせて同じ蛇眼族の人間、父の家来に蛇眼をかけたのだ。家来の禄郎はそれを“龍眼”と呼んだ。それは蛇眼の上をいくものなのだろうか…。
「蒼馬くん。蒼馬くん」
自分を呼ぶ声がする。
蒼馬は目を開けた。
「あきれた。また昼休みに居眠りしてるのね」
雪音だった。
「ちょっと武術の稽古をし過ぎてるんじゃないの。あんまり延々と剣を振るってるから心配になるぐらいよ」