第77話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その8
そんな黒木峯之助であったが、堅柳宗次率いる北部への先遣隊に徴集され、祭りのときもみなと一緒に酒を飲んで楽しんでいた。
評判の悪い彼ではあったが、こんな場面でも仲間の蛇眼族には非常にへりくだった態度で接するため、つまはじきにはされずに済んでいるのであった。
その晩もみな酒を飲んで踊って騒ぎ、疲れて宿や野営所で眠れば、ただそれだけのことだった。
だが、酔いも加わって緩んだ彼の心には魔が刺していた。
十人ほどの村人たちが手分けして兵士たちに酒と食べ物とを振舞っていたのだが、そのうち三人は女性、しかも二人は若い女性であった。
峯之助は酔いが回り、たが(・・)の外れた頭で、そのうちのひとり、純朴そうな村娘に目をつけていた。
少なくとも事のはじめは、軽い気持ちでちょっかいでも出してやろう、と考えていたのだった。
そうして堅柳一族配下の厳しい規律にかくも容易に綻びが生じてしまった。
村娘が酒と鳥の骨付き肉を配り終わり、大きな木の盆を片腕に抱えて広場の外にある村の集会所にあたる一軒家に戻ろうとしたときだった。
黒木峯之助は何気なく立ち上がって手元を照らすために明かりをつけたまま脇に置いてあった提灯の取っ手を片手に持ち、村娘の後ろからひとり歩いて近づいた。
娘は祭りの集団から少し離れ、村の集会所に向かう道を歩こうとしていた。
篝火の明かりが届きづらい、暗い道である。
酔って少し呂律の怪しくなった声で峯之助は村娘に声をかけた。
「ちょっとそこの…娘よ」
「はい?」
村娘は驚いて振り返った。
そのいかにも純朴そうな丸顔を見て、峯之助の酔って赤味のさした顔がさらに赤くなった。
村娘は怪訝そうな表情である。
「いや、その、な…」
黒木峯之助は頭を掻き、ばつの悪そうな顔で視線をそらしながら言った。
「おまえを見ていて、少し気になったのだ…どうだ、少し二人きりで話せるところにいかんか?」
村娘の表情は途端に警戒一色となった。
「いや、あたい(・・・)にはまだ仕事があります。あたらしいお酒と肉をみんなのところに持っていかないと」
と、彼女が言うと峯之助は
「ああ、それなら心配に及ばん。わたしのほうから人を使わして仕事をさせよう」
と上ずったような声で返した。
「いや、そういうわけにはいきません。これはあたい(・・・)がたのまれた仕事ですから」
と、娘が頑として断る姿勢をみせるうちに、峯之助の紅潮した顔が気味の悪い、どす黒い顔色へと変わっていった。
劣等感を密かに抱え持つ人間がそれを暴かれたときの顔であった。
「おのれ、常人の娘が邪眼族の言うことをきかんというのか…」
峯之助は呻くように言うと酒で赤くなった両眼を一瞬閉じた。
そしてそれらが開かれたとき、そこには酔いとは別の紅色が宿っていた。
蛇眼の発動であった。




