第75話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その6
時間は少し前にさかのぼる。
祭りが開かれている村の広場に座っている大勢の男のなかに、堅柳宗次の“若いほうの右腕”とみなされている春日野慶次郎もいた。
ちなみに“年寄りの方の右腕”はもちろん佐之雄勘治であった。
慶次郎も先遣隊の他の隊員と同様、度を過ぎぬ程度の飲酒を許されおり、くつろいだ気分になっている。
ところで、村の広場にはいくつも篝火が置かれていた。
木の三脚を組み、それに乗せた鉄の籠のなかに薪を入れて燃やしている。
それらは広場の真ん中を中心にして円を描くように置かれていた。
篝火に囲まれた場所はあたかも舞台を形作っているようだった。
いま、そのかりそめの舞台に向かってひとりの若い女性がゆっくりと歩いていく。
いや、若い女性というのは印象である。
なぜならその人は狐の面を被っていたからであった。
そして紅白のゆったりと後を引くような着物に、頭には本当は長く伸びているであろう黒髪が結わえられている。
狐の面の女性は旅芸人のひとりだった。
背後では旅芸人の仲間が横笛と鼓を鳴らし、一定の拍子に乗って心地よい風のような旋律が流れている。
彼女は踊り子であり、歩み続けている。
いや、歩いているのではなくすでに彼女の舞は始まっていた。
いつの間にゆったりとした歩みが舞の歩法と化している。
篝火にくべられた薪が細かな火の粉を上げながらぱちぱちとはぜる。
火の粉は夜空に向かって舞い上がり、すぐに消えていった。
彼女は舞の歩法を使い、それらの篝火で囲われた円の中に滑り込むように入って行った。
篝火で作られた円が踊り子の舞台となり、また観客たちとの境界線を形作っているのであった。
横笛の甲高い音が激しさを増していき、鼓から打ち出される拍子も早さを増していく。
ふたつの楽器は呼応していた。
そして踊り子の舞もそれに呼応して激しさ、艶やかさを高ぶらせていく。
紅白のゆるやかな着物が彼女の肢体の動きに残像のようについていく。
踊り子の歩みはいつの間に弾むようになり、両手の動きは焚火の外側に群がっている村の男女、そして旅の途中でもある兵士たちを手招きするようにひらひらと目まぐるしく動き続けた。
踊り子はくるくると回りながら、誘うような両手の舞を続けた。
それまで観客たちは呆けたように座り込んで踊り子を見つめていたのだが、やがて数人の村の男たちが立ち上がると、とり憑かれたように両手を頭の上でひらひらさせながら踊り始めた。
すぐに残りの村の男女たちもそれに続く。
かれらは同じように篝火の中心の踊り子のような妖艶さはなく、粗野ではあるが自由にあふれた踊りで踊り子を中心に回っていくように踊り始めた。
皆の顔は笑っており、ほろ酔い加減の外様の兵士たちもまた彼らを見て笑っていたが、そのうち兵士たちも一人、また一人と踊りの輪に加わり始めた。
気が付くとほとんどの兵士が踊っていたのだった。




