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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第74話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その5

 堅柳宗次は布団の上で上半身を起こした。

 右手で自分の額をこすってみる。

 少し脂汗が浮いていた。

 (はた)籠屋(ごや)の外はもうすっかり暗くなっているようであったが、なにやら(にぎ)やかな音がかすかに遠くから聞こえてくる。

 笛の音や歌声、なにかをはやし立てるような多くの声であった。

 祭りが行われ、宗次の率いる先遣隊もそれに加わっているのだろう。


 宗次は最早(もはや)目が冴えてしまっていた。

 祭りを見てみようか、と思う。

 寝衣から動きやすい簡素な着物に着替えた。

 部屋の襖を開け、宿屋の二階廊下に出る。

 暗かったが、そこで誰かが蝋燭(ろうそく)の灯りを持って階段を上がってきた。

 先程夢に出てきた、佐之雄勘治であった。

 とはいうものの、現実の勘治はもう初老の男である。

 宗次は思わず苦笑してしまった。


 元々勘治は宗次の隣の部屋で眠る予定であった。

「すみません」

とその勘治が言う。

「夕飯を終えて風呂でも入ろうかと思っていたのですが、なにか苦しそうな声が聞こえてきたので見に来たのです。宗次さまだったのですか?なにか問題でも…」

 宗次はまた苦笑しながら片手を上げた。

「どうも覚えていないが、夢にうなされて声を出してしまったようだ」

「夢、ですか?」

「そうだ。それよりも勘治、一緒に祭りでも観にいかないか?」

「私は良いですが…宗次様はよろしいのですか?長旅でお疲れなのでは」

「いや、大丈夫だ。行こう」

 そして二人とも帯刀はしているものの身軽な装いで村のはずれのほうにある宿屋を出て、広場まで歩いていくことになった。

 宗次の少し前を提灯を掲げながら夜道の中、勘治が先導していく。

 宗次はそんな勘治に話しかけた。

「さっき言った夢というのはな、わたしの子供時代のことだ。覚えているか?ほら、わたしが学問所帰りに(いじ)められて雨の道に叩きつけられたときのことだ。お前が助けに来てくれた…」

「覚えておりますとも。堅柳家がとても困難な時を過ごしていたときのことですな」

「わたしはそんな境遇をばね(・・)に堅柳一族を立て直していったつもりだ。勘治は我らがどんなときもそばにいて助けてくれたな」

「ありがたきお言葉にございます」

 宗次は少しの間黙って夜道を歩いた。

 そして再び口を開いた。

「最近よく思うのだが、あのときの私を痛めつけた子供の気持ちもわからなくもないのだ」

「そうなのですか?」

「そうだ。私の父の愚かな作戦によって、自分の家族を失ったのだからな」

 勘治は振り返り、宗次の顔を見つめて思わず立ち止まってしまった。

「本当にそう思っておられるのですか?第三次北方侵攻に関して賛否両論あることは確かですが…」

 宗次は、家来の発言を止めて自分が話したい時の(くせ)でまた右手を軽く上げた。

「わかっている。わたしは幼子だったときしか我が父上と一緒にいられなかったが、おまえは若いときからずっと我が父上に仕えていたしな。わたしよりもずっと父上を知っているのだろう」

「いえ、そんなことは」

「いや、そうだろう。その上で言いたいのだが、やはり客観的に考えても父上の作戦は愚かだった。作戦にすらなっていなかったと言ってもいい。そして何よりの落ち度は北部の諸侯、特に鈴之緒家を信じ過ぎたことだ」

 宗次はまた歩き始め、勘治も従った。

 もう民家がまばらに立ち並ぶ草地の向こうに、祭りの灯りが見えている。

 こんな遠くからも男たちが騒ぐ声が聞こえてくる。

 勘治は何と言おうか迷っている風であったが、間をおいて話し始めた。

「自分は若き頃に宗次様の父君であられる宗矩(むねのり)様にお仕えしておりました。宗矩様はとても温和な方だったのです。それだけに戦には向いておられなかったのかもしれません。それにして悔やまれるのは、わたくしが第三次北方侵攻にお供できなかったことです」

「それは仕方がない。それが父上の命令だったのだろう?」

「そうです。わたしが戦に向いていないと宗矩様は思っていたのです」

 宗次はまたも苦笑した。

「ははっ。そうかもな」

「それで自分が留守の間、堅柳の郷を頼むと言われて」

「そして今に至るまで立派に職務を果たしてくれている」

「いえ、そんなことは…」

 そのときだった。

 祭りの方角から、男たちの怒声や罵声のような声が聞こえてきた。

 祭りの楽し気な声ではない。

「なんだ?喧嘩か?」

 宗次がいぶかしげな顔をする。

「そうかもしれません。申し訳ありませんが、宗次様はここで少し待っていただけますか?わたしが先に見に行きます」

「いや、いい」

 宗次は悠然と歩き続けた。

「喧嘩などどうということはない。祭りにせよ喧嘩にせよ、見物に行ってやろうではないか」

と、遠くに見える祭りの(かがり)()めざして歩き続けた。

 だがそれは実際には篝火の明かりだけではなかった。

 そして祭りでの喧嘩などというよりももっと深刻な事態が起こっていたのだった。

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