第73話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その4
ここまで読んで頂いているみなさま、本当にありがとうございます。
心の底から感謝しています。
いままでになく投稿の間隔が空いてしまい、本当に申し訳ございません。
北国暮らしなのですが、寒暖の差が激しくて体調を崩してしまいました。
なんとか体調を回復させつつ執筆・投稿は続けます。
必ず最後まで書きます!!これからもよろしくお願いします。 作者より
夜になった。
本道から外れたところにあるとはいえ北街道沿いにある村だけあって、その旅籠屋は決して豪華ではないが居心地は良かった。
宗次は鉄釜の下に木の板を敷いた熱い風呂に入り、その後独りで夕餉を食した。
独りで食べるのは、今晩はそうしたいと宗次が希望したのだった。
貴重であるはずの鶏肉が焼かれて皿に乗っている。
村人によるもてなしだろう。
加えて川魚と豆腐、村で採れた野菜と山菜、それに米と味噌汁の夕食をたっぷりと食べた。
多少の不潔さは覚悟していたが、畳敷きの部屋はこじんまりとしているものの思いのほか小ぎれいである。
布団も同様で、寝心地が良さそうであった。
早速宗次は床に就くこととした。
自覚していたのよりずっと疲れていたのか、すぐに眠りに入ってしまう。
そして宗次は夢の中にいた。
度々見る夢であった。
宗次はまだ少年である。
蛇眼族であろうとも、子供時代はまだその能力は完全に発現しないことがほとんどである。
宗次もまた、ごく普通の、ただ利発な少年であった。
そしてその時はもう薄暗くなった、夕方の道を独りで歩いていた。
蛇眼族のための学問所から帰るところであった。
激しく雨が降っている。
少年の宗次は油紙を貼った傘を広げ、歩き続けた。
もう少し歩けば、勘治が迎えに来てくれる。
そんなとき、不意に後ろから誰かがまだ小さな宗次の背中を突き飛ばした。
宗次は転び、雨でできた水たまりのなかに顔から突っ込むことになった。
顔から着物まで泥まみれになってしまう。
傘を手から放してしまい、風でどこかへ飛ばしてしまった。
自分を突き飛ばした者を見ようと倒れたまま顔を後ろに向けた途端、誰かが今度は宗次の横腹を蹴った。
痛みに顔が歪む。思わず両眼から涙が出てきてしまう。
「だれだ!」
宗次は叫ぶ。
少年である宗次の周りにいたのは彼より年長のやはり少年たち数人であった。
「おまえの親父のせいだ!」
少年のひとりが叫んだ。
「おまえの親父の馬鹿な作戦のせいで、俺の兄さんまで死なせやがって!」
横にいた別の少年も宗次に蹴りをいれる。
宗次は思わず泥の中でうめき声を上げ、体を丸めた。
「おれの姉貴の婿殿も死んだ!お前の親父のせいで!」
二発目の蹴りを入れた少年が叫んだ。
「お前の親父のせいで!お前の親父のせいで!」
他の少年たちも口々に叫び出すと、幼い宗次を寄ってたかって足蹴にし始めた。
宗次は頭を両手で抱え、泥の中で丸くなって必死で耐えるしかなかった。
もう自分は死ぬんだ、と思ったとき、
「こらあっ!坊ちゃんに何をしてる!」
と叫んで駆け寄ってきた大人の男がいた。
宗次のお守り役、佐之雄勘治だった。
今よりずっと若い勘治である。
宗次を痛めつけていた少年たちは勘治の姿を見ると蜘蛛の子を散らすように走って逃げて行った。
勘治は自分の持っていた傘を放り出し、子供の宗次に駆け寄った。
「坊ちゃん!宗次坊ちゃん!大丈夫ですか!」
と泥まみれの中でうずくまっている宗次を抱きかかえるようにしゃがみ、自分も泥まみれになる。
子どもの宗次は必死で我慢していたが、勘治に抱き着くと堰を切ったように大声で泣きはじめた。
「あいつらが!あいつらが!」
泥まみれになり、泣きじゃくりながら勘治に訴える。
「父上のことを酷く言った!父上のせいで自分の家族が死んだって!」
勘治はそれを聞くと、雨の中を二人してうずくまりながら、自分の両手でまだ小さな宗次の両肩を掴み、涙のあふれるその両目を見据えた。
勘治もまた雨でびしょ濡れになり、髪から雨水がしたたり落ちている。
「お父上は立派な人です!」
勘治は強く言った。
宗次がどしゃ降りの雨のなか、まだ泣きじゃくっていると、勘治はさらに
「お父上は立派な人です。お父上は立派な人です」
と繰り返した……
そこで目が覚めた。




