第72話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その3
常人たちが反乱軍を組織したとしても、彼らがまず戦わなければいけないのは常人たちで組織された地方軍や王立軍であった。
これは常人たちの反乱軍にとって、かつては乗り越えられない葛藤であった。
まず彼らと同じ常人と戦わねばならないのだ。
実際初期の反乱は謀反人たちに常人の軍を向き合わせるだけですぐに鎮圧されている。
ところが、時代が進み反乱がより苛烈になったとき、謀反人たちは同じ常人たちで成り立つ軍に刃を振るって対抗し、突破するようになった。
蛇眼族の王朝が倒されそうになり、すんでのところでやっと鎮圧された後、王府と真叡教斎恩派は蛇眼禁忌式目という名の“掟”を掲げることになった。
蛇眼族は統治上必要な時以外は、常人に蛇眼を用いてはならない、という主旨の掟であった。
このような掟を常人たちにも示すことによって、蛇眼族の統治を圧制とみなし蜂起する常人は確かに減った。
それでも謀反の火種が完全に消えることは無かった。
霧の民と北方の蛮族の連合があればそれも確実に火種のひとつだろう、と傷が疼く脚をさするように手を伸ばしながら慶次郎は考えた。
反乱の徒は新しい力とつながろうとしているのかもしれない。
そして彼らはわれら蛇眼族の側にある者ならば何人であろうとも容赦はせず、斬ろうとするだろう。
その者が同胞である常人であっても。
彼らは蛇眼族を憎むあまり、そこまでの覚悟をするに至っている。
決して容易くはないな、と慶次郎は思う。
先に着いていた使者に案内され、一同は村の広場に入った。
堅柳宗次と彼の騎馬兵たちは馬から降り、使者があらかじめ村長に言って準備させた馬の休憩場所に彼らを繋ぐ。
桶に入った干し草と水がたっぷり、そして馬の世話役に任じられた多くの村人がすでに用意されていた。
宗次と勘治は使者の案内で簡素ではあるが村で最も大きな家屋へと案内された。
村長宅とのことであった。
扉を抜けると大きな土間があり、その向こうでは板の間に数人の人間が皆そろって正座をし、両手をついて深々と頭を下げている。
その中心にいる小柄な老人がこの常人の村の村長なのであった。
板の間に上がってくつろぐように請われたが、宗次はそれを断った。
むしろ立ったまま短時間で必要な会話を済ましたかった。
村にはみすぼらしい旅籠屋がひとつしかないものの、そこを極力きれいにして今晩は宗次と腹心の部下たち数人はすぐに風呂に入って夕食をとり、ゆっくりと眠る用意ができているとのことだった。
それ以外の兵士たちには村の広場に野営してもらう場所が確保されていた。
また、本来今日は村に年一度しかない祭りの日であり、旅芸人一座も村の近くに野宿して彼らの芸を披露して小銭を得るのを待っている。
もし夜うるさくなるのが好ましくなければ祭りは止めにして旅芸人にも去るよう言いつけることができる。
村長からの話はそんなところであった。
宗次は正直なところ旅のせいで若干くたびれていた。
そこで彼自身は早めに入浴し、夕食をとって今晩は早々に就寝することにした。
ただし、自分が入浴した後も蛇眼族の騎馬部隊の面々もできるだけ望む者には入浴させるよう指示した。
そしてうるさい環境でも眠るのは慣れているから大丈夫だ、と少々適当なことを言ってむしろ兵士たちが今夜は村人とともに祭りを楽しめるようにして欲しいと村長に頼んだ。
兵士たちが疲れているというより、あきらかに退屈しているのを感じていたからであった。
いつものことだが後の細々(こまごま)したやり取りは側近の佐之雄勘治に任せ、彼は先に村を見て色々な場所を把握している使者と村人に連れられて、その村唯一の旅籠屋に歩いて向かった。




