第71話 第6章「堅柳宗次、北へ。」その2
蛇眼族は数が少ない。
彼らだけで大きな軍隊を作ることはできない。
だから必然的に蛇眼族と常人の混成部隊になることがほとんどだった。
習慣的に蛇眼族は騎馬兵となり、常人は足軽、つまり歩兵になる。
常人の歩兵にまず必要とされるものは彼らの指揮官への忠誠であったが、それこそ邪眼族たちが最も頭を悩ませているところだった。
蛇眼族の統治の歴史は、蛇眼を持たぬ常人たちの反乱と敗北の歴史でもある。
一方蛇眼族からしてみれば、人数的には圧倒的である常人を支配するための軍隊は常に必要だった。
だが蛇眼族だけでは大軍団は作れない。
だから特に蛇眼族への忠誠心を強化された常人の兵たちを作るのが必要だった。
その方法は二つあった。
まずひとつは教育、というより洗脳である。
将来兵となることを目された子供や若者は極力早くから蛇眼族への徹底的な忠誠心を叩き込まれた。
それは表向きには専門的な学問所、という場所で行われるのだが、その教育という名の洗脳を主導しているのが真叡教斎恩派なのだった。
しかしそれだけでは率先して前線で蛇眼族のために戦う常人の兵士を作り上げるのには不十分であった。
そこで常人部隊の謀反を防ぐために行われたのが、蛇眼を用いる、ということだった。
たとえ蛇眼を常人にかけて強制的に服従させたとしても、二、三日も経てばその効果は薄れ、数日後には消失してしまう。
そこで蛇眼を用いる役割の者が、特に謀反の気配を感じさせる常人の兵士たちに蛇眼をこまめにかけ、彼らの作られた忠誠心を刷り直していくのだった。
ただその作業は蛇眼族にとっても非常に精神的な労力と消耗を強いる作業であった。
堅柳宗次率いる今回の先遣隊においては、彼の腹心の部下であり、若い春日野慶次郎がその役割の中心を担っていた。
ただ、いまの彼は霧の領域で北からの忍と戦い、傷ついた体を療養しながらの帯同となる。
従っていつも以上に慶次郎の部下である蛇眼族の武士たちにその役割を分担せざるを得なかった。
蛇眼族のなかでも蛇眼の使い手としての優劣はある。
実際、年齢的な問題もあるとはいえもう一人の腹心の部下・佐之雄勘治はさほど優秀な蛇眼の使い手ではない。
だから慶次郎の蛇眼の能力でも手に負えない事態が生じたときは、彼が使うような蛇眼よりさらに一段上を行くといわれる堅柳宗次の“憑依の蛇眼”を使わなければならない。
これは宗次自身が、部下が自分を頼るのを躊躇しないようにと決めたことではあったが、彼の軍団においてはいまだそこまで行使されたことはなかった。
だが、と右大腿の傷をかばいつつ馬を操り村に入りながら慶次郎は思った。
このような軍のつくりかたは邪道であり、そんな軍のありかた自体が弱点なのだろう。
実際、我ら蛇眼族が統治する人の歴史のなかで、常人たちの反乱は何回も起こったが、そのうち最後の大規模な反乱は王府の存族すら揺るがす状況にまで悪化している。
常人たちの反乱軍がそれだけ死に物狂いだったのだ。




