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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第6話 序章「霧の領域」その6

 大蛇に食べられるのを逃れた四人は、まだうずくまったままだった。白装束の男たちと老女は立ち上がった。老女に佐田彦と呼ばれた男は彼女を見上げて、

「ああ、イヅクメさんかい」

と弱ってかすれた声で返した。

 イヅクメと呼ばれた老女は、「あんた、ずいぶんと酷い目にあわされたじゃないか。わしらと繋がった罰だっていうのかい、これが?」

と、先程流れていた声とは随分と違ったあけすけな調子で尋ねる。

 白装束の男たちは生贄たちを縛っていた綱を小刀で切り始めた。

 佐田彦と呼ばれた男は白装束の面々に訴えた。

「やつらは尋問に蛇眼を使うんだ。俺も眠ったようにされて覚えていねえが、おまえたちと繋がってたことを吐いちまったかもしれねえ。だとしたらすまねえ」

「仕方がない」

白装束の頭領が低く落ち着いた太い声で応える。

「わずかに遅れ、ひとり死なせてしまった。詫びるとしたら我らの方よ。それより龍鳥さまも飛び去ってしまわれたし、我々も早くこの霧の領域から出るべきだ。おまえたちも我らとともに北へ行くか?それとも故郷に戻るか?」

 佐田彦は座り込んだまま忍びの頭領を見返した。

「われらは霧の領域とともに生きる“霧の民”だ。蛇眼族はずっとわれらに敬意を払い、そっとしてくれていた。大昔、蛇眼族はわれらの中から生まれてきたとも言われているからな。

 ところが彼らの王国があやうくなってくると、蛇眼族は我々まで目の敵にして迫害しはじめた。奴らは自分たちの意にならない者たちを恐れているんだ。霧の領域は蛇眼族の 力を奪うだろう?ここに丸一日いると彼らとて蛇眼は使えなくなっちまう。さっきの奴らが蛇眼を使えたのは霧の領域に入って半日も経ってなかったからさ。われらはそんな危ない霧の領域を住処(すみか)にすらしちまう民だからな。

 そしてわれらが迫害に耐えかねておまえたち北からの者たちと通じようとするとこの仕打ちだ。そこまでわれらを追い立てようというなら、われらとて一旦は北へ逃れなければならんて」

 生贄として大蛇に食われるはずだった他の男女たちもそれを聞き、うなずいた。

 忍びの一人は武士たちに斬られ、崖の上に転がっている鴉の死体に近付き、しゃがんで手を合わせている。

「死なせてしまってすまなんだ。よう頑張ってくれたなあ」

彼は手を合わせながらそう呟くように言うと、立ち上がって右手の人差し指と中指を立てて口に付け、笛のように高く鋭い音の口笛を鳴らした。

するとさっきまで龍鳥の周りを飛んでいた鴉たちが崖の上に戻って来た。

一部の鴉は飛んだまま崖の上を旋回していたが、ほとんどの鴉は崖に着地し、殺された仲間たちを悲し気に見つめ鳴き声をあげている。

「おまえたち、よう頑張ってくれた。次に仕事を頼むまでは休み休み我らについておいで。一緒にこのおかしな霧の領域を出よう」

男が大声で鴉たちに呼びかけると、鴉たちは再び飛び立ち、霧の向こうに消えていった。

「奴は“鴉使い”でな。ああやって鴉たちを操る術を身に付けておるのよ」

 北からの忍びの者たちは、生贄になるはずだった“霧の民”と呼ばれる者たちに説明しながら彼らを縛っていた縄を小刀で切った。続けて彼らを立たせると支えるように歩かせ、崖を降りて霧の中へと急いで立ち去る。

 北からの忍びたちは結局、湖の探索はしなかった。とても急いでいたし、血を流して落ちていった武士の長は水面に見えず、そのまま溺れ死んだようにしか思えなかった。

たしかに再び霧に覆われた暗い湖面には殺された大蛇と人の紅い血のみが漂い、たださざ波が立っているだけだった。

 が、そこからいきなり武骨で血に汚れた人間の片手が突き出された。

 武士の(おさ)のものだった。

 その手は消えそうな意識と現実とをなんとか(つな)ごうとすかのように(もだ)える動きをしながら、ただひたすらに湖岸を探していた。


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