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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第57話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その18

 会議は終わり、夜となった。


 夜空には上弦の月に雲がかかり、(おぼろ)月夜(づきよ)となっている。

 白鷺城にもそこかしこに灯された松明や行灯の周りにのみ光が残り、あとは闇が巨大な城に忍び寄るように広がっていった。


 そんななか、天守閣内部の廊下を歩く二人の人物がいる。

 うちひとりは闇の中でわかりにくいものの、豪華な衣装を身にまとった、少し背の曲がった白髭の老人である。

 総麗王であった。

 その前を簡素な羽織袴を着込んだ家来とみえる若い男ひとりが先導している。

 家来の右手にある、手持ち用の小さな燭台に点いている蝋燭(ろうそく)の灯りのみを頼りとし、闇の中を探るように、そして人目をはばかるかのように二人は進んだ。

 二人は城の一隅にある部屋に着いた。

 家来が蝋燭を手に片手で襖を開ける。

 神奈ノ国の現王はまるで忍び込むかのように、先に暗い板間の部屋へと入った。

 続いて後から家来も入る。

 家来の持つ蝋燭の灯りと、格子窓から入る朧月の薄ぼんやりとした明かりだけが広めの部屋を照らしている。

 が、ひたひたと空間に染み入る漆黒には抗いようもない。

 しかし、年老いた王は部屋の真ん中まで進み、そこに座り込んだ。

 家来も蝋燭をもったまま、斜め後ろに座る。

 薄明りのなか、総麗王はただ座って部屋の前方を見つめていた。

 家来も黙って前を見つめていた。

 実は家来がこの仕事に従事するのは初めてであった。

 ただ黙って総麗王の指示に従うよう言われていたので、先に言われた通り黙って総麗王と同じ方向を見ているのだった。

 はじめ、老王の見つめる先、部屋の壁には暗闇しか見えなかった。

 だが、その闇がうごめき、かたちを取ったとき、家来は思わず、え?と小さな声を挙げてしまい、そのものから目が離せなくなった。

 総麗王は若い家来に向けちらりと振り向き、まあ見ておけ、とでも言うようにふっ、と笑みを漏らして視線をもとに戻した。

 ただの闇はあっという間にひとりの人のかたちと化した。

 老王に向け、頭を下げて(ひざまず)く全身黒装束の人間である。

「蛇眼の忍団団長、曽我(そが)(へび)八郎(はちろう)、参上」

 跪いたまま発された声はしゃがれた壮年の男のものだった。

 総麗王は座ったまま身を乗り出し、黒装束の男に

「久しぶりだな、(へび)(はち)よ」

と笑いかけた。

 先程までまったく気配がなかったのに…。

 若い新入りの家来はただ舌を巻いていた。

 家来もまた蛇眼族の一員であったのだが、その彼でさえ蛇八郎と名乗る男をすでに恐れ始めていた。

 この男が蛇眼の忍団の団長か…。噂には聞いていたが、蛇眼に加えて忍者の技をも駆使する、神奈ノ国の国王直轄の組織が蛇眼の忍団である。

 そして目の前でその国王にうやうやしく跪いているのがその団長なのだった。

「われらにあらたな命が下ったと聞きましたが」

 蛇八郎は黒い頭巾に覆われた顔を上げようともせず、またしゃがれ声を出した。

 総麗王はまた笑った。

「まあそう構えるな、蛇八。顔を上げるのだ」

 蛇八郎はそう言われ黒頭巾に包まれた顔を上げた。

 鋭い眼光のみが国王と家来をとらえている。

「わしも物覚えが悪くなっていかんのだが、前にここでお前に頼んだ仕事はなんだったかな?」

「霧の民の捜査にございます、国王」

「おお、そうだったな。おかげで北方からの忍と繋がっておった霧の民を捕まえることができた」

「差し出がましいことを申しますが、国王」

 蛇八郎の語気がわずかに強くなる。

「処刑の場にまで我らを護衛に付けて頂ければ、武士団のあのような失態は防げましたものを。われらで北方の忍など皆返り討ちにしてみせました」

 なんだ、この男は、とさすがに若い家来は思う。へりくだった姿勢をとりながら言うことは大胆不敵である。

「まあ、そう言うな、蛇八よ」

 総麗王は相変わらず機嫌よさそうな笑いを崩さなかった。

「はじめはそれも考えたのよ。だが僧侶の連中、特に儀礼僧団がたいそうお前たちを嫌っておってな。われら王府が真叡教団に探りを入れておると思うておるのだ。それで結局、教団にやんわり断れてしもうたわ」

「はい」

「まあ、その結果があれだからな。今後は教団も少しは我らの言うことに耳を貸してくれるのではないかな」

 老王の言葉に忍者団長は淡々と、しかし相変わらず不敵な調子で返した。

「教団と王府の力の均衡に国王様が心を砕いてきたこと、この蛇八郎は間近(まぢか)で見てまいりました」

「そして度々その忍の力を貸してくれたな」

「その通りでございます。そしてもちろんこれからもお役に立ちたい所存にてございます」

 最後に蛇八が黒頭巾の奥でにやりとしたように家来は感じた。

「よう言うてくれた、蛇八」

総麗王は蛇八に身を乗り出した。

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